ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年05月31日
 サード・ガール 8 (8)

 完全版と銘打たれているの伊達じゃねいね。これまでのヴァージョンには未収録であった「Part.59」と「Part.60」がちゃんと入っているのが嬉しい。この8巻の、巻末における作者インタビューから察するに、どうやら続きが描かれる機会はなさそう、ということもあり、こうして全話が出揃った時点から振り返ってみると、マンガ『サードガール』は、80年代的な美男美女から、90年代的な美男美女へと移行する過程でもあったのだなあ、と思う。じっさい夜梨子が大学生になって、つまり彼女が、物語がはじまった当初の美也や涼の年齢とほぼ同じになってからの展開は、90年代初頭に合致し、80年代には若者として扱われていた美也や涼は、ほとんどワキに回っていく。夜梨子の、あたらしい恋のパートナーとして登場するカズボンは、現在の西村しのぶ作品にも通じる長髪のハンサムさんであり、その彼を値踏みする涼が〈いや…つまり…男の髪型ってのはそいつの思想をあらわしているわけだから――〉と言うのに対し、夜梨子が〈あっわかるわかる!! 涼さんみたいにきちっと刈り上げてると 若いひとのカジュアル ダメだよね〉と答える場面は、世代交代という意味で、じつに象徴的である。とはいえ、それは作者の時代性を捉まえる眼の問題であって、根本的な価値観やセンスは一貫されている。性差の隔てなく、容姿、心意気ともに、かっこうよい人びとが、力強く、生きる。そのことはとくに、少女から成人へと年齢を積み重ねてゆく夜梨子の姿に、とてもよく表されている。最終話に位置する「Part.60」で、夜梨子が、性急になりがちなカズボンに向かって〈あ あのね あたしが一個のいちごに優しいのは 今日ちょっと思ったんだけど 大沢くんとかね 涼さんとか みんながあたしに優しくしてくれたからだなって ということは 新しいBFほど“お得なあたし”とつきあえるってことじゃない?〉となだめる、この言葉は、楽しかったり悲しかったりする瞬間の獲得や喪失が、けっしてリセットの繰り返しなどではなく、一個の人間のうちで蓄積されることで、あたらしい視野のひらけてゆく、そうしたことの価値を代弁しているのである。先ほども触れた巻末のインタビューにおいて、作者がとうとうタイトルの由来について語っているけれど、それもつまりは、そういうことであろう。ところで6月には短編集『VOICE』(個人的には「さっきまで恋しかった人」がとても好き)の新装版が出るということなので、昨年から持ち越し、まだまだ西村しのぶイヤーは続く(という願望。これで新刊が出てくれれば、なお)。

 1巻について→こちら 

・その他西村しのぶの作品に関する文章
 『下山手ドレス(別館)』について→こちら
 『メディックス』について→こちら
 『アルコール』2巻について→こちら
 『一緒に遭難したいひと』2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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