ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2015年12月16日
 L DK(19) (講談社コミックス別冊フレンド)

 少し前に「壁ドン」という言葉が流行った。本当に流行ったかどうかは知らないが、話題にはなった。当初はインターネットで広く親しまれているジャーゴン(隣室に対するクレームとして壁をドンとすること)の誤用ではないかと指摘されることもあったけれど、メディアや広告などを通じ、壁際に詰め寄りながら異性にアプローチする行為の方を指す向きが、かなり一般化した印象がある。まあ、女性は押しに弱いという陳腐なステレオタイプを応用しているにすぎないような気もするし、一歩間違えたらハラスメントになりかねない危うさを非難することはできる。この「壁ドン」の流布に少女マンガの側から一役買ったとされるのが、渡辺あゆの『L・DK』である。たとえば、オムニバスである『きみと壁ドン』のコミックスの表紙には、まるでその代表格であるかのように渡辺の手がけたイラストが飾られていたりもする。

 渡辺本人が、自分の作品なり作風なりが「壁ドン」の語彙と否応なくセットになってしまうことについて、実際にどう考えているのかはわからない。が、『L・DK』の18巻及び19巻には、上記したような立場に対し、作者なりに何かしらのアンサーを加えようとしているのではないかと思わされるところがある。自信に溢れ、押しが強いことを一切悪びれなかったはずのイケメンさんが、しかし、真から惹かれはじめている女性にはステレオタイプなアプローチが通じず(あるいは用いることができず)戸惑い、衰弱していくかのような姿が描かれているのである。以前にも述べたけれど、18巻から19巻にかけての主人公は、本来のヒロインにあたる西森葵であるというより、彼女の恋人である久我山柊聖の従兄弟、久我山玲苑がつとめていると見なすことができる。葵に好意を抱きはじめていると自覚しつつも、柊聖を気遣うあまり、やるかたない状況に玲苑は陥るのだった。

 そして、それでも葵への恋慕を振り切れないままの玲苑が、ついに柊聖から彼女を奪い取ることを決意する、というのが19巻のあらましである。押しの強さを正義とするのであれば、柊聖にも玲苑にも、葵を押し倒せる機会が与えられている。柊聖ならともかく、玲苑を葵は受け入れないかもしれない(まあ、受け入れないだろうね、と読み手からすると思う)このときに注意されたいのは、要するに「壁ドン」に象徴されるようなアプローチが無効であると男性に意識させる女性の、その気持ちを振り向かせるにはどうしたらいいのかを、葵を真ん中にした玲苑と柊聖の綱引きに垣間見られる点なのだ。まるで玲苑を主人公にしているかのような展開だと先に述べたが、看過してならないのは、葵と玲苑の親密なコミュニケーションを直面する柊聖の視線であろう。

 玲苑は、クールな柊聖の態度を柊聖が持っている余裕だと判断する。ただし、作者の演出と作品の構成は、必ずしも柊聖が余裕をキープしているわけではないことを暗に示すものとなっているのだ。これまでの物語からすると、葵が柊聖以外の相手に決してなびかないことは、ほとんど前提だといえる。(現段階では)葵は玲苑を恋愛対象としてまったく認めていないがゆえに彼とのやりとりに無防備でいられるのである。少なくとも19巻において重要なのは、葵が何を考えているかではない。確かに彼女は自分の将来に考えを巡らすけれど、おそらく、それは今後の展開のために用意されたものであって、ここでのポイントではないだろう。19巻のなかで特に印象的な場面はどこか。よく目を通したら明らかであるように、葵の揺らぎではなく、柊聖や玲苑の揺らぎにカメラのピントは合わさっている。

 玲苑の内面が饒舌なのに比べ、柊聖が何を思っているのかは具体的に描かれない。それは1巻より『L・DK』を『L・DK』たらしめている文法の一つにほかならない。玲苑の揺らぎは、モノローグや表情にいくらでも表されている。他方、柊聖の揺らぎをこれだと指摘できるのは、たぶん、葵と玲苑の手と手がごく自然に触れ合うのを柊聖の視線が捉えている箇所になる。二人きりの寝室で柊聖が葵の手を取るのは、先のシーンの反復であり、強調である。さらにいうなら、「壁ドン」のような強烈なアプローチばかりではなく、もっと静かでやさしいアプローチもありうるのだという可能性と説得力とが、手と手がごく自然に触れ合うシーンには宿らされているのだ。

 18巻について→こちら
 13巻について→こちら
 10巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら 

・その他渡辺あゆに関する文章
 『オトメゴコロ』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『キミがスキ』
  2巻について→こちら
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