ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年06月12日
 未来改戦Dクロウス 3 (3)

 未来を信じられないのは、明日に希望を感じられないからなんだろう。そこで、明日のことなんか知ったこっちゃないよ、と、そう言ってみせるのは、たしかにかっこう良いけれども、じっさいに明日はやって来ないと知らされたとき、不平不満を口にしない覚悟なんてあるのだろうか。ここで少年たちが行っているのは、確定され、固定されたバッド・エンドに抗うための攻防である。現在のある一点が変われば、未来に変化が訪れるという、よくあるタイム・スリップ方式がとられているのだけれども、そういった部分について、僕の関心はあまりない。というのも、未だ来たらぬ時間のサイドに立って、今あるこの瞬間を捉まえる行為自体が、下らないと思えるからだ。ただのレトリックかもしれないが、未来を作るために今があるのではなくて、今があった結果として未来はなければならない。このマンガの最重要ポイントもまた、そのような考えに依拠しているみたく感じられた。自分の行動が常に数ある選択肢のなかのひとつを取ったものでしかないことを自覚する主人公は、ある意味では、マルチストーリー・マルチエンディング的な欲望に囚われているといえる。そのような欲望は、あらゆる可能性を想定し、シミュレートしてしまう資質によってもたらされている。可能性を想定するということは、不可能性をも想定することであり、不可能性を想定するということは、それを選択肢から外すことでもある。しかし物語が進むにしたがって、そうした考えは捨て去られる。最善の行動は、選択肢の幅によって導かれるのではなくて、それを実践しようとする意思によって結実するものなのである。そのような言い切りとしてラストは閉じられる。まあだから、何があっても諦めんな、ってことだ。上手くいかない自分の運命は自分にしか変えらんねえだろ。そういった意味で、果たさなければならない責任が人生にはあるよ。

 第2巻についての文章→こちら
 第1巻についての文章→こちら
 


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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