ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2015年08月02日
 熱風・虹丸組 5巻 (ヤングキングコミックス)

 があああ、ここまで男の子が燃えるマンガだったかい。現在、桑原真也の『熱風・虹丸組』は、神話として読まれたい作品になりつつある。神話とは、この場合、車田正美の描く作品はすべて神話にほかならないという意味での、神話である。それはつまり、不良少年の日常やライフスタイルを中心的にしたヤンキー・マンガが台頭する以前の不良マンガや少年マンガのフォーマットを正しく汲んでいることでもある。根拠の有無にかかわらず、数々の少年たちが、自分の生き様をかけ、命をかけ、体一つで超人的なバトルを繰り広げていくのだった。

 事実、前巻(4巻)そして、この5巻における主人公、虹川潤の覚醒を見られよ。タイマンの最中、相手の特技を一度味わったことで、その特技を自分のものにしてしまう。異能とでもすべきそれにより、絶体絶命の状況を脱していく姿は、やはり、かつての少年マンガや神話の世界の住人を思わせる。潤のパートナーである羽黒翔丸は、覚醒した潤と渡り合いながら、ヒートアップし、やがて笑みすらも浮かべはじめた荒吐篤郎を見、言う。〈フン…ちっと理解(わか)んぜ その気持ちがよ…………!! 人の“性能”全開にして なおそれに応えてくる男… そんな男(ヤツ)には滅多に巡り逢えねェからな…!! 全力で喰らって 自分(テメエ)の全部でブチかます… 潤ってのはそういう男(ヤロオ)なんだよ……!!〉と。要するに、ライヴァルのポテンシャルが主人公のポテンシャルを引き出し、主人公のポテンシャルが主人公の生き様をダイレクトに投影しているとするとき、主人公のポテンシャルはライヴァルの生き様を問うためのカウンターでありうる、という図式が完成しているのである。

 しかし、ああ、潤と篤郎のタイマンをよそに、翔丸の運命に暗雲が立ちこめる。篤郎の兄である荒吐三郎の登場は、翔丸にとって不吉な兆候にほかならないことが、幾度となく作中で仄めかされるのである。成り行き、三郎と彼の率いるプロの暗殺集団と対決することとなってしまった翔丸のもとへ、虹丸組の副長である橘エイトの呼びかけを受けた狗神塔馬、卯月倫人、美剣號ら、ナラシナのオールスターが駆けつけてくるシーンは燃える。それまで孤独に生きてき、閉ざされていたはずの翔丸の心の動きが手にとってわかるように描かれた良いシーンだといえる。だが、それが良いシーンであればあるほど、翔丸に対するたむけの感動にも見えてしまうのだ。

 巨大な権力の荒吐家を後ろ盾にした三郎は〈確率を決定するのは「運」じゃねェッ 「遺伝」だ 「薄い血統」の貴様等はここで死ね 引き裂かれて自分(テメエ)の親を恨め〉と言う。おそらく、貧しい両親に虐待され、幼年期を過ごしてきた翔丸は、三郎の対極に位置しているのだろう。ここで不良マンガのヒストリーを振り返るのであれば、遺伝と環境に運命が決定されることの不幸は、車田正美をルーツとはしない作品やマンガ家が90年代以降に発見したテーマやリアリズムでもあった。それが翔丸のプロフィールには託されている。もちろん、車田正美の作品にも不幸な出自の主人公は少なくはない。ただ、それは神話の世界の住人の多くが不幸な出自であるというレベルでの表現にほかならない。両者には決定的な差異があるのだけれど、『熱風・虹丸組』では、夜の太陽に喩えられている虹川潤と闇の住人に喩えられる羽黒翔丸のコンビを通じ、両者が一つの枠内に統合されている。

 最初に述べた神話として読まれたい作品になりつつあるという言葉の「なりつつある」とは、それでも主人公である潤の〈オレにとっちゃあ… アイツこそが“太陽”… “光”だッ!! そんな翔丸(アイツ)をッ… 自分の“暗さ”と闘う事もしねェで エラそーに能ガキ並べてんてめェと… てめェごときとッ… 一緒にすんじゃ無ェッ〉という拳が荒吐篤郎を巨躯を砕く見開きの2ページに、作品の魅力そのものであるようなインパクトが宿らされている点を指しているのである。

 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

・その他桑原真也に関する文章
 『疾風・虹丸組』第1巻について→こちら
 『姫剣』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『ラセンバナ 螺旋花』(設定協力・半村良『妖星伝』)
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『[R-16]』(原作・佐木飛朗斗)12巻について→こちら
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