ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年06月08日
 HEARTBEAT

 たとえば、この世には悪意というものが、確実に存在しているし、それは絶対になくならないとして、そのなかで、か弱き人たちに対して、出来ることなんてあるのだろうか。ある。自分の力がどれほど小さなものであっても、支えようとしたり、庇うように守ろうとすることぐらいは出来る。誰にだってそれぐらいのことは出来る。たぶん、この小説は、そういう場所を出発点にしている。というか、この作家は、これまでの作品から明らかなように、子供の自立と大人の責任に関して、かなり自覚的な取り組みをしているのだが、それがうまい具合に結実しているといった感じか。アメリカで6年もの間、失踪状態であった原之井は、10年前の高校時代に交わした約束のために、日本へ帰還する。同じ頃、まったくべつの場所。裕理少年の家では、死んだはずの母が、幽霊となって、祖父の前に現れるという事件が発生する。本来であるならば、交わることのないふたつの点が、線となって物語の輪郭を描くとき、悲しむべき出来事が語られ、やがて前へ進むための勇気が生まれるのであった。題名にあるとおり、心音が重要な役割を果たしている。それは暗闇のなかにあっても、生きている者を指し示す、明るい導だろう。いくつもの視点が切り替わる構造は、効果的であるかないかといえば、微妙な線だが、おそらくテンポを崩さないためには必要であったのだと思う。これまでの作品ではどうも、後半になって駆け足になってしまうところがあったけれども、その点が改善されている。結果、ピンポイントで胸に迫ってくるドラマの盛り上がりが生まれた。ただし余韻が弱く、ちょっとあっさり風味すぎる感じがしないでもないが、そこは好みの問題かな。うん。一回性の感動としての強度は高い。

 『そこへ届くのは僕たちの声』についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書。
この記事へのコメント
小路幸也です。いつも読んでいただいてありがとうございます。
希望のある物語にしたいといつも考えています。その結果、
おっしゃるように「子供の自立と大人の責任」というものに繋がっていくのかなと思います。
意図していることを読み取っていただいて、嬉しく思います。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
Posted by 小路幸也 at 2005年11月01日 13:21
小路さん、どうも、コメントありがとうございます。
こう言うとなんかエラそうですが、「希望のある物語」というのは、今の時代には、とてもとても大切なもののように思えます。
僕は小路さんの小説を読むと、あまりうまい言い方ではありませんが、ふいに「終わらないトンネルはない」「止まない雨はない」「明けない夜はない」などといったメッセージの、使い古されながらも、じつは普遍的にシンプルで尊い、希望の原型みたいなものを感じられるのです。そして、それを発する側も受け取る側も一個の人間だという、ごく当たり前のことに気づかされます。
じつは『HOMETOWN』はまだ読めてないのですが、時間がとれたら読むつもりではあります。その際は、また感想を書き記したいと思います。
Posted by もりた at 2005年11月01日 18:22
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