ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年05月15日
 すこし前に出ていた『フィギュア王』という雑誌の、高橋ヒロシ特集号(NO.110)の内容に、その影響力というかネームヴァリューの大きさを、あらためて実感したのであったが、でもまあ、そうしたブランドめいたことの弊害もあるよね、と、高橋のデビュー作をアレンジした永田晃一『Hey!リキ』の9巻を読んで、思う。ああ、さすがにここまで質が下がるのは、まずい。何よりもまず、構図のつくり方も含めて、絵のレベルから志の低さがうかがえる。以前にはまだあった、高橋ヒロシの模倣から逃れようとするベクトルが、ここ数巻のうちに、完全に失しられてしまったのもあるし、ケンカのシーンにおけるアクション性のなさ、これが痛恨である。そもそもヤンキー・マンガにおいて、ケンカをどう描くかに関しては、あまり目新しい手法が生み出されていないにしても、先行するマンガ家のイディオムを拝借することに腐心するあまり、迫力のない、スカスカの描写になってしまっている。この巻でいえば、もはやヤンキー・マンガの定番ともいえる、あの、階段の上から攻撃されて転げ落ちるところに、それは顕著だ。同様の場面ですぐれたものなら、高橋の作品はもちろん、ハロルド作石の『ゴリラーマン』にもあるので、ぜひ比較されたい(殴り合いなどでダメージを食らった瞬間のインパクトについては、森田まさのりの『ろくでなしBLUES』あたりと比べてみるのがよいと思う)。またストーリーのレベルにおいても、看過できないポイントがある。このマンガがスタートした当初は、いわば坊ちゃんであるヒロポンの成長を捉まえる視線が、物語のうちには含まれていたはずだが、それが、ここにきて完全に破棄されてしまった。敵グループに拉致されたヒロポンを、まったくの弱者として描いてしまったのは、致命的だといわざるをえない。もちろん、以降の展開次第によっては、持ち直す可能性はあるにしたって、そのような立場をヒロポンに負わせたのは、まちがいなく、作中から女性の登場人物を極力排除していく(あるいは重要な存在ではなくしていく)のと同じ、ホモ・ソーシャル的な価値観に拠った論理だろう。そして、それをたぶん作者は無自覚に行使していると思えるのが、いけない。だいたい、ヒロポンの受けた仕打ちを目の当たりにした主人公が、〈一番手を出しちゃいけねー奴に手ェ出しやがってーーっ!!〉と逆上するのは、いっけんエモーショナルではあるけれども、この場合、それはヒロポンとの対等な関係に乗じているわけではなくて、あくまでもフェアではないことの言い換えに過ぎないため、いや、それってたんなる差別意識の裏返しでしかないでしょう。そこまで考えたうえで、暴力を扱わないと、絶対に表現は間違える。

 『ランディーズ 完全版』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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