
裏表紙には1965とプリントされている。これは、やまだないとの生年を表したものであると同時に、この本のなかで中心人物として動くナイトー先生という架空の人物の生年でもあるのだろう。つまり、今年で40になるナイトー先生の、30代におけるたゆたう日々が綴られているというわけだ。マンガ家という職業柄か、ナイトー先生はダラしない大人である。でも、ちゃんとした大人ってどんなだろう。締め切りの迫った仕事場でなされる次のようなモノローグは、そのような問いかけとして、僕には聞こえる。〈定年だと思っていた父がまだ仕事を続けるという 確かにまだ元気だ 仕事も好きだ だけど この先もずっと元気だとはいえないトシだし・・・ 俺達ムスコどもは もう30を過ぎ 父親が「オヤジ」になった年齢を超え こうして自分の暮らしをもっている〉。たしか何かのインタビュー(か対談)で30歳以降をどう描くかっていうのが自分にとっての課題だみたいなことを、やまだと同世代のよしもとよしともが言っていたけれども、ここに展開されている物語も、たぶん同じような気分によって動かされているのだと思う。それはつまり、モラトリアムが無期限に引き延ばされた現代の日本において、大人が大人として生きることは、けっして日々の経過にともなうオートマティックな作業ではなくて、ちゃんとした大人ってどんなだろう、という問いかけにいつも背中を追いかけられることだとして、そうした自覚がどれだけ苦しいものであっても、繰り返しやってくる明日を、なんとかして祝福しようとする態度なのである。
