ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年06月02日
 どうも僕の読みとは違って、『南風!Bun Bun』(米原秀幸)は、ヤンキー・マンガではなく、南風一家を中心に置いたホーム・コメディとして進行するようだ、と、ここ数回の分を読んで思った。では、同じく『週間少年チャンピオン』で今週(27号)より新連載となった『ナンバMG5』はどうだろうか。作者の小沢としおは、『フジケン』でチャランポラン系ヤンキー・マンガ家の素質を遺憾なく発揮したが、ここ数作は、その評価がイマイチであったような感じがする。いや、たしかに『ダンコン』はちょっと物足りなかったが、しかし『チェリー』はおもしろかっただろ! 『フジケン』の後半よりぜんぜん良かったろ! ところで、チャランポラン系ヤンキー・マンガとは僕がいま作った言葉であるけれども、それの意味するところは、主人公はケンカは強いが硬派というわけではなく、わりと女の子が大好きで、しかし友情には厚く、トラブルが発生すれば、一躍怒濤のバトルを展開するタイプのヤンキー・マンガのことであり、90年代以降のむしろ主流なのかもしれない。でもって、この『ナンバMG5』なんだが、わ、第1話目からして、ものすごくおもしろい。千葉に筋金入りのヤンキー家族がいる。そこの次男として生まれた主人公は、両親の英才教育(?)によって、中学時代は有名なヤンキーとして過ごす。が、しかし本人は高校入学を期に、ごくふつうの学生として生きることを決心するのだった。と、まあ、つまり90年代に流行った高校デビューもの(成り上がりもの)を逆転させた構図をとっている。そうしたアイディア自体はべつに真新しくもないのだが、このマンガの特性は、ヤンキーというものをひとつ、才能の観点から割り切って描いていることである。それは主人公が高校に入ってはじめて出来た友達が、いじめられっ子を脱するために高校デビューを目指すのだが、やはりケンカは弱い、といったサイド・ストーリーを設けていることからもわかる。たとえば『特攻の拓』とか『カメレオン』とか主人公が高校デビューを成功させられたのは、ほとんど漁夫の利的なラッキーでしかないし、『今日から俺は』になると、なぜケンカが強いのかに対して、もう説明すらもない。その部分を、才能(育ってきた環境)の一言で裏付けてしまえるところが、じつに00年代らしいし、またヤンキー・マンガとしてのアドバンテージになっている。問題はこっからどう転がってゆくかってところなんだけれど、作者のパターンからすれば、コメディと人情が半々でケンカがすこしっていう感じだろうか。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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