ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年09月02日
 大奥 11 (ジェッツコミックス)

 平賀源内、死してなお、世に影響を与え続ける、か。いや、源内のみならず、死者の影響と生者の影響の綱引きが、よしながふみの『大奥』に、一本の太い大河のようなドラマをもたらしていることが、7、8巻のあたりからこの11巻までを読み進めるうちによくわかる。当初は男女の立場を逆転させた時代劇(SF)というアイディアに注目の集まりがちなマンガではあったけれど、荒唐無稽でありながら、骨の硬い、そして、血肉を備えた歴史の物語を編んでいるという点では、今日において北方謙三の時代小説に並ぶものなのではないかとさえ思わされるし(よしながのファンが北方を引き合いに出されて嬉しいかどうかは知らないが)結局のところ、実写化された際にクローズ・アップされたラヴ・ロマンスのエッセンスも血肉の一部に過ぎなかったのである。

 11巻における主人公、もしくは狂言回しの役割に近いのは、おそらく、前巻まで大奥に身を置き、ワキから静かに源内や青沼を見守っていた黒木になるだろう。大奥を追放された後、青沼のもとでともに蘭方医学を学んだ伊兵衛と療養所を開いた黒木が、源内らの意志を引き継ぎ、赤面疱瘡の予防(人痘接種)の可能性を追い求める姿が、ストーリーにおける一つの動力を為している。赤面疱瘡は『大奥』の舞台、及び設定、作品世界の根源にあたる災禍にほかならない。その根源へあと一歩に迫った源内の足跡を、今度は黒木が直に見聞していくのである。他方、黒木たちの去った大奥は、三代目将軍の家光以来となる男の将軍、十一代目将軍の徳川家斉を迎えたことによって、再び(つまりは本来の)男子禁制の園に変革されたのだった。幕府の政治のレベルと市民の生活のレベルを並行的に描くことで、作品世界の実感、説得性、リアリティのレベルを具体化させるというのは、作者が『大奥』の初期より駆使してきたテクニックの一つだが、それは初期からがそうであった通り、ここでも物語のレベルにすべての事象が緊密的であるような構造を作り出している。田沼意次を失脚させた家斉の母、徳川治済の謀略と黒木の研究とが、接点がないはずの二つの事象が、歴史や運命の不思議さを思わせる(もしくは反対に歴史や運命の必然を思わせる)展開を経、大局を動かしかねない天秤の上で不可分に結びついていってしまう。

 まさか黒木がこれほどのキー・パーソンだったとはな、なのだが、それ以上に驚かされるのは、いよいよ明らかとなった徳川治済の人物像である。治済の暗躍は伏線のごとく示されてはいたものの、松平定信に比べれば、必ずしも目立った存在ではなかったろう。けれど、次第に露わとなる異様さは『大奥』に登場してきた多種多様な人々のなかからも著しく突出している。前巻を振り返られたい。治済が権力を得る前の時点でその異様さに気づいていたのは、たぶん、田沼意次だけだ。他の誰にも知られない巧妙さで自らが異様であることを隠せてしまうぐらいに治済は異様なのだといえる。砒素による毒殺は、ひょっとしたら和歌山毒物カレー事件をイメージさせる。現代ではサイコパスやアパシーに喩えられる人物像が治済に託されているのかもしれない。が、同時に治済もまた田沼意次や祖母にあたる徳川吉宗という死者からやってくる影響とは無縁ではないことが描かれている。ただし、治済をあいだに挟み、死者の影響と綱引きをするような生者の影響は(現段階では)見られない。ただ死者の影響に引っ張られるがゆえに彼女は権力の絶頂において他人の命をも自由にしながら〈生きるとは何とむなしい事…〉と述べるのではないか。

 もしも生者の影響として、治済の異様さと対決しなければならない人間がいるとするのであれば、それはきっと、実の息子である十一代目将軍の徳川家斉になる。幼い頃、家斉は青沼の治療のおかげで赤面疱瘡から救われていたのだった。ああ、青沼という死者の影響こそが、やがて家斉と黒木を邂逅させるのだというのは、さすがに過言であろうか。少なくとも家斉と黒木は(各々形は違えど)青沼からのバトンを受け取っている。さらにそのバトンは青沼が他の誰かから受け取ってきたバトンでもあるに違いない。そういうリレーのような運動を通じ、歴史や運命の不思議さを思わせる(もしくは反対に歴史や運命の必然を思わせる)展開が育まれていることは確かだと断言できる。
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