ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年08月15日
 ANGEL VOICE 38 (少年チャンピオン・コミックス)

 古谷野孝雄の『ANGEL VOICE(エンジェル ボイス)』は、34巻よりこちら、どの巻もクライマックス過多と評して差し支えがない。要するに、目頭は熱くなるし、胸は震えるし。で、ここまで熱量の高いものを見せ続けられたら(もちろん、良い意味で)読む方が困ってしまうのだ。おいおい、こんな作品、滅多にないぜ、と思う。34巻よりこちら、というのは、つまり、主役である市立蘭山高校サッカー部(市蘭)が高校選手権千葉県予選決勝に勝ち進み、ついに宿敵であり強豪である船和学院との対決を迎え、その試合がはじまってからずっとのことである。

 端的にいって『ANGEL VOICE』のあらすじに特筆すべき点は少ない。難病を患った女子マネージャーのためにサッカー部の元不良少年たちが再起、奮闘し、不可能を可能に変えるような奇跡に挑んでいく。こうしたあらすじは、極めて通俗的であるし、予定調和として散々消費された感がある上、その感動には耐性がつき、よほどのことでなければ、白けてしまうのが普通である。しかし、どうしてだろう。『ANGEL VOICE』というマンガに関しては、そうした耐性を突き破ってくるぐらいの感動がある。とりわけ、1巻の表紙と冒頭に用意されていた伏線を見事に回収した35巻は、ボロボロ泣くね。泣けてきて弱るのだったが、泣くことが恥ずかしくはない。知っていた。こうなることは知っていた。おそらく、読み手の大半が心していたはずなのに、目頭を熱くさせられたのではないか。これは作者が一切の妥協もなく、地道に積み重ねてきたストーリーのなかで登場人物たちが自らに与えられた役割を(当然、彼らはそうとは知らず)存分に生き、そのひたむきな姿の総和、デタラメと手抜きだけは決して引き受けまいという徹底性を通じ、ああやっぱりね、の予定調和を越えてしまうまでの感動が作り出されているからにほかならない。

 この38巻では、決勝戦も終盤を迎え、試合は三点対三点のまま、延長戦に突入する。試合の内容を詳しく述べることは、『ANGEL VOICE』の場合、所謂ネタバレになりかねないので控えるけれど、市蘭と船和とが抜きつ抜かれつの激闘を繰り広げているのは確かだ。フィールドに立っている選手は、誰もが試合を制しようとし、限界ギリギリのところでふんばり、ぶつかり合う。いや、選手のみならず、ベンチや観客席にいる登場人物たち全員が、ここが正念場だぞ、という眼差しをフィールドに注ぎ、作中のドラマの盛り上がりに関与していく。それにしても、将来有望なメンバーを含んでいるとはいえ、スタートの段階では弱小だったサッカー部が、二年足らずで強豪校と渡り合えるほどの実力を得られるものか。作者が一切の妥協もなく、地道に積み重ねてきたストーリーとは、そのような疑問に正しく答えるものであろう。もしかしたら、それは努力と呼ばれ、成長と呼ばれることの結果であるのかもしれない。努力と成長を描ききった。たぶん、その通りだと思う。しかし、やはり、努力や成長である以上に『ANGEL VOICE』は奇跡を描いているのであって、フィクションならではの奇跡にどうしたら説得力を持たせられるか。こうした疑問を解消しようとするとき、努力や成長は副次的に備わった条件でしかないのである。

 努力や成長よりも奇跡が尊いというのではない。また、奇跡がまったく万能だというのでもない。物語のキーである女子マネージャー、高畑麻衣の闘病生活を見よ。奇跡は必ずしも起こらないからこそ、奇跡として期待されることを暗示している。だが、奇跡はまれに起こりうるからこそ、奇跡として期待されることを、市蘭サッカー部の活躍は証明しているのである。『ANGEL VOICE』という美しいタイトルは、繰り返しかえりみられるべきだ。それは作中の奇跡がどこからやってきているのかを、何によってもたらされているのかを教えている。そう、奇跡とは、物語上のデタラメでもなければ、作劇上の手抜きでもない。このことは、ライヴァルである船和を単なる悪役や噛ませ犬ではなく、その内情を掘り下げ、市蘭が最後に越えなくてはならない(文字通りの)壁として、きっちり仕上げてみせた作者の手つきにも明らかだろう。

 もしかしたら、影響元である森田まさのりの『ROOKIES(ルーキーズ)』が、ライヴァルにあたるチームを十全に描けなかった(このことはむしろ、実写映画版に寄せられたいくつかの批判において顕著となっている)ことから学んでいるのかもしれないが、『ANGEL VOICE』の船和は非常に魅力的に描かれている。市蘭とは異なったモチベーションを持ち、市蘭と別の使命とプライドを守るべく、結果的に市蘭の前に立ちはだかる。市蘭の勝利に向けられた執念をクローズ・アップするだけでは、これほど試合の内容は濃く、熱くはなるまい。一ページごと、一コマごとに目の離せない展開がある。その勢いは、テンポのレベルで他のサッカー・マンガを圧倒している。かといってディテールをすっ飛ばしているわけではない。細部の動きまでを通じ、凄まじい密度で試合が運んでいくため、まさか、ここでこうくるかよ、という場面が訪れた際、思わず胸が震えるのであった。

 しばしば、登場人物たち皆が主役である式のエクスキューズをするマンガ家がいる。しかし、それは単にワキのプロットを増やし、付け足すのみであるような作法を指している場合が多い。だが、『ANGEL VOICE』においては、主な登場人物が本筋から外れることなく、誰を主役に見ても過不足のない作品が成立している。もちろん、市蘭のイレヴンの勝利が最高のカタルシスなのは疑いようがない。少なくとも、それが1巻からのテーマなのである。試合は既に延長戦の後半となった。市蘭と船和、どちらが勝ってもおかしくはないまま、クライマックスのまっただなかをボールは転がり続けていく。

 10巻について→こちら
 5巻について→こちら
 3巻について→こちら
 1巻について→こちら
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