ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年04月27日
 月と湖

 芦原妃名子の『月と湖』には二篇のマンガが収められていて、ぎょ、っとする展開の「12月のノラ」も悪くはないが、やはり表題作の「月と湖」がいい。高名な作家「市原有生」の遺作「月と湖」は、〈湖畔の隠れ家で愛人と過ごした静かな時間を綴った私小説〉であった。妻を愛し、添い遂げるはずだった小説家が、別荘で出会ったべつの女性と恋に落ち、世間を欺くよにして、密かに通じ合うという作品である。12年後、「市原有生」の孫である一菜は、「月と湖」の内容が事実に基づいていることが、つまり祖父が祖母を裏切ったことがどうしても許せなくて、その小説だけは読まずにいたのだけれども、祖母に頼まれたことから、祖父の(元)愛人宅へ、「月と湖」の舞台となった山間へと赴いてゆく。一菜が、事前に(元)愛人である水橋透子に抱いていたのは、日陰の女らしく〈気が強くて でも儚くて?〉というイメージだったのだが、じっさいにそこで出会ったのは、野良仕事の似合う図々しいお婆さんでしかなかった。はたして男は、この女性のどこに惹かれ、妻よりも深く愛したのであろうか。やがて水橋のお婆さんが告げる真実に、一菜は、いま自分の思い悩んでいる恋愛の事情を重ね合わせ、そうして「月と湖」に書かれてあった言葉の、そのほんとうの意味を知る。「月が」「二つあればいいのに」「本物じゃなくていい」「実体なんかなくっていいから」「愛するあなたが二人存在すればいい」。たとえ両想いの最中に、どれだけの幸福を感じたとしても、人の気持ちは変わりうるがゆえに、不安はどこからともなくやって来る。ましてや、それが片想いでしかなくなったとき、信じられるものは自分の気持ちのみであるようなときに、人はどこでどう不安との折り合いをつければ良いのか。「月と湖」に描かれているのは、おそらく、相手を責めない別離のかたちだろう。もちろん別離にも、いろいろなかたちがある。しかし、けして分かり合えなかったからといって、あるいは結ばれることがなかったとしても、相手を想った気持ちが嘘に変わるわけではない。だからこそ別離は悲しく、悲しみは傷を残す。だけど、その傷が、生きていることの、生きてきたことの、誰かをちゃんと愛せたことの、たしかな証として実感されることだってあるのだ。作中〈“上手に嘘をつくから”“この小説は”“ギリギリ”“美しいの”〉という台詞が、とても、あまやかに、せつない。

・『砂時計』
  10巻について→こちら
  8巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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