ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年07月16日
 春風のスネグラチカ (F COMICS)

 沙村広明は、作品自体がギャグであろうとシリアスであろうと、基本の文体に揺らぎがないので、果たしてそれが本当にギャグなのかシリアスなのか判断に迷うことがしばしばあるのだったが、この『春風のスネグラチカ』に関しては、おそらくシリアスな方に入れられるだろう。1933年のロシアを舞台にしたマンガである。革命後の粛正が続くなか、とある郊外の別荘へとやってきた若い男女が、その素性の知れなさゆえに秘密警察の監視下に置かれ、サディスティックな世界に身を投じることとなる。というのが、大まかな内容になるのだけれど、何より注意を引くのは、主人公にあたる若い男女、奇妙な車椅子に乗ったビエールカと彼女に付き従う片目のシシェノークが一体何者なのかであって、実際に二人の正体をめぐるサスペンスが、物語の中軸となり、周囲の人間の運命をも大きく動かしていく点だ。時代背景が必ずしもポピュラーではないことを考慮してか、巻末に「読み終わった人のための登場人物紹介」が載っているのは親切だと思う。しかし、確かにそれは本作を「読み終わった人のための」ものだと強く念を押しておきたい。なぜなら、次第に明かされるビエールカとシシェノークの正体こそが、あるいは突然に訪れるその真実と驚愕こそが、『春風のスネグラチカ』の本質にほかならないからである。別荘にやってきた若い男女が何者であったのか。これが序盤より敷かれてきた伏線に応える形でオープンとなったとき、スケールの小さなドラマで組み立てられていたはずの作品が見事に様相を変える。個人史レベルの悲劇と世界史レベルの暗部とがパースペクティヴの狂いもなく接続されてしまう。カタルシスがある。それにしても、改めて実感するのは、作品自体がギャグであろうとシリアスであろうと、沙村広明のマンガには一貫したテーマが存在するのではないか。もしかしたら「滅びの美学」と言い表されるものだ。結局のところ、容赦がないまでに非情な展開も目に余るほどの残酷な描写もそこに引き寄せられていく。終焉と同義であるような静寂もそこに由来している。

・その他沙村広明に関する文章
 『無限の住人』22巻について→こちら
 『ブラッドハーレーの馬車』について→こちら
 『エメラルド』について→こちら 
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