ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年06月18日
 A-BOUT!!~朝桐大活躍編~(5)<完> (少年マガジンコミックス)

 正直、「朝桐大活躍編」要らなかったのでは、というのが大方の感想であろう。もちろん、そんなことないぜ、「朝霧大活躍編」おもしろかったぞ、という向きがあってもよい。が、無印の『A-BOUT!!』以上に朝桐の活躍が描かれなかったことだけは確かであって、そのために勢いが削がれてしまったこともまた疑いようがない。『A-BOUT!』の魅力とは、おそらく、無礼講のロマンである。後先を考えていない(かのような)展開に、たとえ強引であろうと辻褄が合ってしまう。デタラメは排除されるものとしてではなく、作中に不可欠な力学として存在している。それを可能にしていたのは、間違いなく、主人公である朝桐のハイ・エナジー・ローIQであった。この点さえ外さなければ、いくら脇道に逸れたところでギャグを盛り込もうが、登場人物の持ち味をぶち壊す寸前まで滅茶苦茶をしようが、収拾はついたはずだったのだ。しかし、2年に進級した朝桐をどう動かしていくのか。方向性に揺らぎが生じてしまったように思う。

 主人公を留年させることで再び1年生を中心にした下克上と内ゲバのミックスをやるのかと思いきや、それはフェイクに終わった。さらに新規の登場人物を火種にすることで他校との勢力分布図を拡大させるのかと思いきや、それもフェイクに終わった。で、まあ、要するに何をやりたかったのか、という疑問が出てきてしまった。その後、なるほど、これがやりたかったのか、と説得されるほどのストーリーを用意すべきであった。けれど、そうはならなかったのである。当の朝桐が(あえて、バカのくせに、といってしまおう)自分が何をしたらいいのかよくわかっていない状況に置かれることが目立ちはじめてもいた。それは作者の迷いでもあったのではないか。いずれにせよ、年功序列のパワー・バランスを引っかき回すことに着目した『A-BOUT!!』の内容(全19巻)を経、第2部にあたる「朝桐大活躍編」に入ってよりこちら、ハイ・エナジー・ローIQによる無礼講のロマンは薄まっていたのは確かだ。(00年代のヤンキー・マンガに顕著であった)テーマ主義への反動であるかのような脳天気さ、あるいはテーマ主義を突破しようとするかのようなフル・スウィングこそが最大のアドヴァンテージだと信じていた人間からすると、やはり失速したとの印象が強い。

 この「朝桐大活躍編」の5巻には、『週刊少年マガジン』での最終回のほか、『マガジンスペシャル』に掲載されたエピソードが入っている。たぶん、そちらが真のエンディングであろう。そこでの朝桐の次の言葉は印象的である。〈何かを手に入れたくて…… 三嶺に来たけどよ‥‥ まだ見つかんなくてよ‥‥ それが‥‥ 何なのかさえわかっちゃいねえ‥ でも‥‥ 今がサイコーだってことは‥‥ わかってんだ いつもよ…… !!〉と。結局のところ、その通りの作品であった。『A-BOUT!!』は。ただし、朝桐に「何か」を意識させず、ライヴ感たっぷりの「今」を前面に描いていたことが、先述の繰り返しになるけれど、作品に何よりのアピールを備えさせていたのだ。

 それにしても余談だが、吉岡と東郷の存在が自分のなかでしばしばごっちゃになるときがあったのは、ここだけの話にしておきたい。

 『A-BOUT!!』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら


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