ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年09月18日
 L DK(13) (講談社コミックスフレンド B)

 他の誰かと強く惹かれ合うことで平凡なはずの日々が新鮮な1ページとして常にめくられる。このような思想(大げさだが!)の一貫性が、渡辺あゆの『L・DK』においては本質に相違ないのだけれど、この13巻では、家族というテーマがことのほか重要になっているのかな、と思う。ヒロインである葵の両親はもとより、ワキの登場人物に関しても家族を中心にしたエピソードが少なくはないのであった。まあ、葵と柊聖のあいだに噛ませ犬(当て馬)のような役割の登場人物を、入れ替わり立ち替わり、割り込ませ、一時的に発生した三角関係を乗り越えさせながら、雨降って地固まる式に二人の気持ちをアピールしてきたマンガである。それがようやく一段落したのに、さほどシーズンを変えないまま、再び横恋慕によってドラマを動かすというのではさすがに、またかよ、の感を免れないし、単なるルーティンでしかなくなってしまうだろうから、この流れは当然であるように思われる。ただし、ここで着目しておきたいのは、家族というテーマを経由することで作品の方向性にもいくらかの、しかし確実な推移が現れている点なのだ。

 葵と柊聖のカップルが、アパートの一室で二人きり、寝食をともにしながら、セックスには至らず、(キスやペッティングに近い行為はあったとしても)比較的ピュアラブルな間柄をキープし続けているのは、葵の父親が出した「卒業までの性交渉禁止」なる条件に従わなければ、現在の生活が取り上げられるためであって、つまりは第三者からの要請が二人の距離に作用を及ぼしているにすぎない。少なくとも今までの話の流れではそうなっていたのである。だが、家族というテーマの影響下で、自分が自分以外の大切な人間に対していかなる望みを抱いているかをより深く見つめることとなった結果、先の条件の意味合いが、必ずしも第三者からの要請に限ったものではなくなっている。未成年の立場において考えられる規律や責任を主体的に判断したものとなっているのだ。このことは、端的にいって、柊聖の心情(内面の成長)とオーヴァーラップするように描写されている。葵の家族の幸福に満ちたワン・シーンに含まれた柊聖は一体何を思ったのか。葵の母親の言葉を率直に受け止めた柊聖は一体何を思ったのか。おそらくそのとき、両親のいない柊聖にとっては「家族」というテーマが「居場所」や「将来」というテーマとにほぼ同一化させられている。

 是非を問わずにいえば、ラヴ・ロマンスの多くはセックスを通じて完成される私的な物語である。葵と柊聖とが住んでいる部屋であったり、二人が送っている学園生活であったりは、その物語を補強すると同時に未完成に止めておこうとする働きかけを持っている。そういう相反する働きかけの綱引きが、要するに雨降って地固まる式のエピソードをいくつも編み出してきたのであった。が、いつしか登場人物たちはラヴ・ロマンスを目的にしながら、狭い世界を生きつつも、そこから先の広がりへと想像をめぐらしはじめている。当然、これは高校卒業を射程に入れた今後の展開に繋がっていくポイントだろう。

 10巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら 

・その他渡辺あゆに関する文章
 『オトメゴコロ』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『キミがスキ』
  2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2013)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック