ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年08月01日
 NHK ラジオ 英語で読む村上春樹 2013年 08月号 [雑誌]

 戌井昭人の『流れ熊』は『NHKラジオテキスト 英語で読む村上春樹 世界のなかの日本文学』の8月号に掲載された。創作短編である。この小説が同テキストのなかでどのような役割を果たしているのかは、「本誌の使い方」という最初の項に「世界的作家となった村上春樹の作品世界を、あらたな目で読み直そうという連載企画」であって、その「読み直しのため」に「村上春樹作品にトリビュートを捧げる気鋭の若手作家たちが、番組で読む村上作品とゆるやかなつながりを保ちながら、独自の作品を構築していきます」と述べられている。ちなみに4月号(創刊号)では淺川継太が『通り抜ける』という作品で。5月号では谷崎由依が『鉄塔のある町で』という作品で。6月号では中山智幸が『どうしてパレード』という作品で。7月号では羽田圭介が『みせない』という作品でもって登場しているのだったが、必ずしも村上春樹のフォロワーとは判じきれない作風の人も少なくはないし、実際、どのあたりが村上春樹へのオマージュなんだろう、このあたりはそうかもしれないけれど、でもこのあたりはまったく違うよな、全然違うよな、と思わされるものもあるにはある。しかしまあ、それが企画自体の「狙い」なのだということにしておきたい。

 したがってやはり、戌井の『流れ熊』も、どのあたりが村上春樹へのオマージュなんだろう、という態度で接するべき作品となっている。話の筋は非常に素朴である。主人公の〈わたし〉は東京の電気湯沸器を製造している会社で外回りの営業をしていた人物だ。大学を卒業して以後、十年間勤めていたその会社を辞めたのは、ある日の昼休みにデパートの屋上で弁当を食べている最中、意識を失い、倒れてしまったためであった。医者は心因的なものだと診断し、環境を変えた方が良いと勧められた。その〈二ヶ月後、わたしは会社を辞めた〉のだった。それから〈東北地方を旅して、気に入った町があったら、そこに長く滞在しようと思っていた〉ところ、日本海側のとある港町に辿り着いた。それは秋の頃のことであり、今はもう春。冬を通し、行きつけになった酒場で知り合いのツネさんから「今日、熊を見たべ」と聞く。ツネさんは舟下りの船頭をしている六十過ぎのおっさんで、彼に誘われた〈わたし〉は川上まで熊を見に行くこととなる。それで、熊を見たからどうした、という感慨の大きな小説ではない。熊を見た。餌にさくらんぼをやった。さくらんぼに夢中で熊が川に落ちた。翌日、河口のゴルフ場に熊が現れたと聞く。それは昨日のあの熊が流れてきたのだと思う。町中が騒ぎになり、捕まった熊が山に放たれる。単にそれだけのことが示されているにすぎない。

 村上春樹の『象の消滅(THE ELEPHANT VANISHES)』を扱った同テキストの8月号における「村上文学へのアプローチ」という項で、沼野充義が「村上春樹の小説には、様々な動物がしばしば登場します」と指摘しており、「こういった形で登場する動物たちは、普通のリアリズム小説に登場する現実の動物とは明らかに違いますが、同時に童話やおとぎ話に登場するような、人間と同じように話をして行動をするキャラクターにまではなっていません。しかし、奇妙なことに動物が人間の特性を帯びる反面、人間が動物の特性を持ったりもして、動物と人間がいわば自由に相互浸透するような半メルヘン的小説空間を作っているように思われます」といっているが、戌井昭人の『流れ熊』で、熊の担っている役割(熊を対象とした描写)は、村上春樹のそれに比べ、というよりも村上のそれとは大分異なっていて、純粋にリアリズムを基礎としているように思われる。それはつまり、メタファーでも暗喩でも隠喩でもいいのだけれど、比喩としての効果が極めて低い(おそらくは意図的に低く見積もってある)ということにほかならない。この点に関して、たとえば川上弘美の『神様』や舞城王太郎の『熊の場所』など、熊をイメージした小説として知られるそれらと『流れ熊』とを並べてみても明らかだろう。

 無論、『流れ熊』の熊に、何かしらの形で語り手である〈わたし〉の心情が投影されているのは疑いようがない。だが、それはあくまでもリアリズムを基礎とした作品の補助線として引かれていく。高度な資本システムをドロップアウトしたという意味で、〈わたし〉は村上春樹が用いる多くの主人公と共通しているものの、その眼差しはリアリズムであることの認識にきつく囚われている。そして、かような条件こそが、ぽつねんとした寂しさを〈わたし〉の内側から浮かび上がらせて、こちらに届かせてくるのである。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(2013)
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