ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年07月09日
 サンケンロック 19 (ヤングキングコミックス)

 2012年、村上春樹が朝日新聞に発表したエッセイに「魂の行き来する道筋」というのがある。おそらく、それを国内ではじめて引用したマンガがBoichiの『サンケンロック』になる。引用は18巻にある。日本のヤクザと韓国の政界の巨大な権力が拮抗するなか、韓国でギャングのボスとなった日本人の主人公であるケン(北野堅)が、移民であるがゆえに韓国の下層に追いやられた暗殺者のバンフムと、ワケありの死闘を繰り広げるそこで引用されている。日中韓の関係を指した件のエッセイを日本で活躍する韓国人の作者が引用していることの意図は、もちろん、十分に汲まれるべきものであろうが、おいておく。それよりむしろ、作品の内部において、引用である「しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない」という一節が喚起している展開でありテーマの方に目を向けられたいと思うからである。

 村上の「魂の行き来する道筋」に呼応する疑問=エモーションを作者はケンに次のように言わせている。〈この世の中の大体の人たちは良い人で善良だ / 守らないといけないと習った事を守りたがるし… 真実を追究する / そんな良い人々が… どうして互いに憎悪しながら暴力を擁護する事になるんだろう? どうして国籍が違うという理由だけで暴力を振るわれないとならない? 苦しんで生き続けて / その上 死んでいったりしないといけない? どうして… 国籍が同じという理由だけで犯罪者が保護され / その上 堂々とできる? 一人の良い人が悪魔になっていったのは… 何人かの悪党のせいなのか? じゃなければ―― 国家がギャングだからなのか…? バンフム 国家の正体がギャングだから… おまえが俺を憎悪しているのか? 俺らが互いに戦って… 互いの魂を遮断し合っているのか…!? 〉

 ギャングとは権力のことである。しかし、権力とは国家のことである。であるなら、国家こそがギャングなのではないか。ギャングを悪だとするのであれば、国家もまた悪なのではないか。ケンの疑問=エモーションは極めて素朴に発せられている。だがそれが、韓国とベトナムのミックスであり、ミックスであるがために虐げられてきたバンフムに向けられているとき、カテゴリーの差別がいかなる暴力を生じさせるか、その成果を純正の国家やギャングは不可避に備えていることをも同時に述べるものとなっていく。バンフムとケンの死闘は、さながらジョン・レノンがベトナム戦争の時代に歌った「イマジン」では変えられなかったこの世界のパートを剥き出しにし、あらためて権力と暴力とが、国家とギャングとが、本来的には区分されていなければならないそれらが、行為のレベルでは一致してしまうことの危うさを自ずから背負っているかのようでもある。

 それにしても、あの出来の悪いギャグみたいだった芸能界編は何だったのだろうか。不動産激闘編に入ってよりこちら、すさまじくシリアスな内容に『サンケンロック』はなっている。女性の胸や尻がたくさんのスケベを描きたいという作者の欲望は、鍛えられた肉体のマチスモと熾烈なバトルを描くための技術に変換され、いやまあヒロインであるユミンの陵辱シーンやらノーパン戦士とノーブラ戦士の謎の矜持やらあるにはあったが、物語の本筋はあくまでも不屈であるような意志が絶望や不幸をいかに凌駕するかであり、緊張の張り詰めた作画にテンションの高さを上乗せすることで、ガッツとガッツのぶつかり合いが、文字通り、他に類を見ないクオリティで具象化されていたのであった。そして、この19巻では、17、18巻と延々描かれてきたケンとバンフムの死闘がついに決着する。ああ、そのクライマックスたるや。ここ最近のマンガで一番に認めたいぐらいのアクションであろう。

 女性コマンドーの襲撃。ケンとバンフム、ユミンの三位一体。場面それ自体の急変と同じくして、登場人物たちの関係が大きく転回しているのがわかる。ケンの訴えがバンフムに影響を及ぼしたように、バンフムの訴えもケンに多くの影響を与えている。このことはしかし、韓国のギャングのボスであるケンと日本のヤクザの娘であるユミンのラヴ・ロマンスに対しても少なからぬ影響を持ちえていくのだろう。『サンケンロック』とは、そもそもソウルに渡ったヒロインを主人公が日本から追いかけていったことをはじまりとしていたのであって、少年だった主人公は韓国のアンダーグラウンドと深く関わる最中で青年への脱皮を遂げる。ヤクザの娘でありながら韓国で警察官となったヒロインもしかり。少女の立場をすでに終えている。国境や国籍を越えた場所で、当人の思惑をよそに、彼らは幾多の試練を、今までも前にしてきたし、これからも前にしていかなければならない。

・その他Boichに関する文章
 『ラキア』5巻(原作・矢島正雄)について→こちら
 『HOTEL』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2013)
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