ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年03月25日
 この国ではもはや、サブ・カルチャーのなかでも、とりわけテレビ・ゲームを身近に置いたまま成人するというのが、ごく自然なこととなったわけだが、そうした世代の人間が、ではそのゲーム業界を舞台に、いかにして社会人たりうるかの奮闘劇を描いた、うめ(小沢高広・妹尾朝子)のマンガ『東京トイボックス』の、掲載誌を違えての続編が、この『大東京トイボックス』である。作者の本意であろうがなかろうが、いったんは終了した作品を、それほど間を置かず、ふたたび手がけることに意味があるのか、といえば、ある、あった、と納得できるだけのおもしろさを、ちゃんと1巻の段階で提示できているのが、えらい。言うまでもなく、イノセンスを描くことと登場人物を甘やかすことは違う、まったく異なる。急ぎ物語を畳まなければならなかった必要上か、『東京トイボックス』は、終盤に、両者の境界が曖昧になり、三十歳過を過ぎた男性のイノセンスが無条件に肯定されているかのような、まあエンディングに相応するカタルシスは用意できたにしたって、ともすればご都合主義ともいえる結論しか導き出せなかった。それをひどく残念に思う。だが、仕切り直されたここでは、無傷なままでは生きられないながらも、しかし懸命に、自分を見失わずにあろうとする人びとの姿が、あらためてシビアに表されている。できうるかぎりゼロに近しい印象からの序盤を構成するためであろう、前作『東京トイボックス』の延長線上にある物語に、24歳の新入社員である百田モモという女性登場人物が投入された。おおよそイノセントに見える彼女の存在は、いうなれば、『東京トイボックス』の主人公であった天川太陽の、その理を肩代わりするものである。ゲームクリエイターに憧れつつも、未だこれといったスキルは持っておらず、ただ〈ウチ今手持ちの武器がないんです / 夢と希望しかないんですよ〉と主張するしかない彼女に、上司である太陽がどのように向き合い、フォローしてゆくのか、それをうまく転ばせていった先でならば、おそらく『東京トイボックス』のリベンジが果たされることとなるのではないか。期待したい。ところで登場人物にオープンオフィスを使わせるぐらい細部の描写に拘る一方で、マサのギター、あれはギブソンのレスポールっぽいかあ(いや、そのへんが虚実入り混じった巻末のデータベースにおけるダウトなのかもしれない)。

・『東京トイボックス』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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