ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年06月20日
 常住戦陣!!ムシブギョー 10 (少年サンデーコミックス)

 架空の日本史が舞台となってはいるが、昨今の少年マンガが描くファンタジーにおいて主流派であるギルドものに、福田宏の『ムシブギョー』も入る。ギルドものでは通常、外敵と内敵が用意され、おおよその場合、前者はバトルのロマンに転じ、後者は陰謀論めいた要素を汲んでいくのであって、無論、ほとんどの作品は前者と後者とをワン・セットにしながらストーリーを練ってはいるものの、システムの成り立ちにこそ諸悪や本当の問題点は潜んでいるという内敵の発想の方に現代の様相は反映されているのではないか。あるいはここまで少年マンガは成熟したと言いたい向きもあるには違いない。しかし、時代遅れであることを承知の上で述べるなら、それはちょっとこう、なんかあんまりロマンを感じないんだよね、と思わされる機会が少なくない。

 題名にある「蟲奉行」をめぐる謎は仄めかされ、先送りにされてはいるけれど、システムにおける派閥争いを主人公のイノセンスによって割とあっさり乗り越えてきた印象の『ムシブギョー』である。それが真田幸村編に入ってよりこちら、さあ外敵のターンだといった感じになってきており、市中見廻り組と真田十傑蟲が直接相まみえることとなったこの10巻では、シリーズのクライマックスに向かい、ある種の総括がはじまっている。つまりはバトルのロマンを前面化し、そのなかに因縁の回収を描いていくのだった。

 シングル・マッチ(場合によってはタッグ・マッチ)の形式でヤマ場が作られていくというのは皆さんお馴染みのパターンであろう。外敵を強化しようとすると当初は異形であったそれが知能を持った人型として再現されるようになるというのもパターンではある。ワキの登場人物たちによる局所戦がクローズ・アップされることで主人公の活躍が後景化するというのもパターンにほかならない。しかしまあ『ムシブギョー』の最大の魅力はやはり、主人公である月島仁兵衛の無限に近いポジティヴ馬鹿さ加減なのではなかろうか。仁兵衛と同じ市中見廻り組の火鉢と恋川が強敵を前にそのポテンシャルを発揮するシーンを見られたい。そこで彼らを起爆させているのは、確かに過去の回想なのだったが、その過去の回想に対するアティテュードの極めてポジティヴであることが正しく勝利の要因を為しているのであって、そうしたアティテュードが仁兵衛との出会いによって開花されたものであることは1巻からの読み手に明らかだ。換言するなら、シングル・マッチの形式に主人公からの影響を(ダイレクトに、ではなかろうと)盛り込むことでチーム・ワークのテーマをも複合している。

 いずれにせよ、苦悩らしい苦悩を(今のところ)ほとんど持たない仁兵衛の存在は、現代の少年マンガの主人公としては意外と興味深い。鈍感ではあるのだろうが、内面が欠如しているというのではない。行き当たりばったりでありながら、まったく無反省というのでもない。そうではなくて、徹底してポジティヴ馬鹿であるようなスタンスにきっちり焦点が絞られ、そこから一切ずれていないのだと思う。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2013)
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