ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年06月13日
 手塚・赤塚賞受賞作品集 平成24年度上期

 久保拓哉の『鐘鳴らしのパン』は平成24年度上期(第83回)手塚賞の準入選作だが、偶々読んだら、なかなかヒットであった。一度『ジャンプSQ.19』に掲載されたらしいのだけれど、見逃していたのは不覚だった。騎士が出てくるような中世的な世界を舞台としたファンタジーになっているものの、冒険活劇が繰り広げられているというのではない。ドラゴンやモンスターなどと戦わないし、魔法使いも出てこない。しいていうなら、おとぎ話や童話をマンガでやろうとしているかのような印象を持っている。現代的な毒気のなさに対して注文をつけたくなる向きもあるだろう。しかし、少年性のイノセンスが何よりの正義になりうることを絶対的に信頼した上で最小限のギミックを使いながら編まれたドラマからは澄んだカタルシスが伝わってくる。やさしくあたたかい明かりが灯されるようにである。

 パンは、小さな体にもかかわらず、とんでもない怪力を持つ少年だった。とあるいきさつがあって、時計塔の番をしているミゲルはその仕事をパンに助けられている。老人であるミゲルには町中に時刻を知らせられるほど巨大な鐘を鳴らすことができず、ミゲルの生活を守るために(皆には隠れて)パンが彼の代理をしていたのである。パンは誰より他人に親切な少年でもあった。パンが、ミゲルの住む時計塔に、ガスという行き倒れになっていた青年を運んできたのと同じ頃、騎士団の入団試験が行われることとなった。ガスは、パンが騎士になりたいのではないかと思う。だが、入団試験は鐘を鳴らす時刻とちょうど重なってしまっている。参加するとしたらミゲルの仕事を手伝えない。花屋になろうとしてうまくいかなかったガスは、せめてパンには自分の夢を叶えて欲しいと考え、ミゲルに相談を持ちかけるのだった。それはつまり、パンを入団試験に送り出してやって、ガスとミゲルの二人で巨大なあの鐘を鳴らすこと。しかし、ガスが想像する以上にその作業は困難で、入団試験の最中、時間が過ぎようとしても鳴らないでいる鐘にパンの注意は奪われていく。

 入団試験のアトラクションとアクションに少年マンガらしさがよく出ている。が、事実上のクライマックスを担っているのはガスとミゲルの奮闘だろう。少年、青年(中年)、老人の三者が主な登場人物となっているのだけれど、三者の関係を冷静に見るのであれば、大の大人二人が非力で不甲斐なく、(精神的にも体力的にも)子供一人に負担をかけているにすぎないのだし、これに対して、だらしないぜ、情けないなあ、との感想を抱いても構わない。とはいえ、それはクライマックスのわずかな瞬間にほんのちょびっとだけ返上される。そのわずかな瞬間におけるちょびっとした返上が作品全体のカタルシスとなっているのであって、本質的にはショボいはずのドラマを数割増しで底上げできているのは、やはり、少年性のイノセンスを是とするような思いなしが前面化されているためだ。少年性のイノセンスがテーマとしてどうのという以上に、そうした前面化の手法が魅力の根っこを為している。魔法使いの出てこない物語に魔法を作っている。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2013)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック