ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年05月15日
 「これがぼくらの時代のスウィートネス!!」と堂々と謳われる国内盤帯といい、ライナーに書かれている内容といい、ポスト・ジミー・イート・ワールドをむやみやたらに意識させるのは、いかがなものかと思うが、しかしまあ、そう言いたくなるのもわかるような、そういう叙情的なメロディと捻れたところのないポップ・センスを持っている。人によっては、MAEやCOPELANDあたりを比較対象に挙げるのではないかな。なるほど、センシティヴさには近しいものがある。過剰なほどにドラマティカルなサウンド作りというのは、ある世代以降にとっては、スタンダードな表現様式なのだろう。だが、それぞれは微妙に違っている。その差を個性と呼ぶのかどうかはわからない。個人的には、パワフルな演奏とピアノの響きに、サムシング・コーポレイトの後継性を感じた。ただここまで来ると、エモ=ポスト・ハードコアという図式は通じず、なんだろう、もうちょっとべつのものが出来上がってる。それはたぶん市場のなかでは、けっこう巨大なんだけれども、でも、誰もそのことについて正確に言及できないという事態は、けっこう危険、というか旧いバンドが淘汰されてゆくのが速い、というか新人が旧くなるスパンが短すぎる。たとえば先に挙げたサムシング・コーポレイトだって、もう若い方々は存じ上げないんじゃなかろうか。聴けば「パンク・ロック・プリンセス」は絶対気に入る曲なのに。あるいは、そのなかで生き残れっていう、資本制に則った過酷な試練なのかしら。しかし、エモーションっていう概念の話になると、そういう言い切りはマズいだろう、と。まあ、インディ・ベースで活動してれば、そのような問題とは案外無縁なのかもだけれども。うーん、最近ちょっと考えてる。で、そこらへん、アメリカでワープト・ツアー(とくにファースト・ステージじゃない方面)の参加面子がどのように移り変わってきたかっていう見取り図だけでも、どっかに落ちてればいいんだが。誰かやってくれないか、と思う。あーネットで調べれば出てくるか。さて。いや、面倒くせえ。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
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