ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年04月16日
 ないしょの話~山本ルンルン作品集~ (フラワーコミックス)

 山本ルンルンの読み切り作品集『ないしょの話』をアタマから読んでいき、一番最後に収められた「空色のリリィ」に目を通しはじめたとき、思わず、ぎょっとする。なぜか。説明するのは容易なようでいて案外難しい。が、まずはこういえる。「空色のリリィ」の登場人物が、一番最初に収められた表題作「ないしょの話」の登場人物と重なっているためである。加えて「空色のリリィ」は時系列的に「ないしょの話」のその後を描いていると大抵は判断されるからなのだけれど、もちろん、これだけのことで、ぎょっとするはずがない。問題は、登場人物が同一(と見なすことが可能)でありながらも世界の在り方それ自体がまったく異なったものへと変貌している点だろう。しかし、単に設定が変更されているというレベルで、ぎょっとするのでもきっとない。

 もし、「ないしょの話」が幼年期をモチーフにそれを寓話化しているのだとすれば、「空色のリリィ」は少女期をモチーフにそれを寓話化しているのだといえる。それがたぶん時系列の違いとして現れている。だが、ここで慎重にならなければならないのは、その寓話化の作用が、世界の在り方それ自体をまったく異なったものへと変貌させていることなのであって、つまりは幼年期に感じられている世界と少女期に感じられている世界とが、地続きでありつつも、実際には切断されている。こうした真理をありありと突きつけてくることに、おそらく、ぎょっとするのである。確かに、「ないしょの話」の登場人物と「空色のリリィ」の登場人物が重なっているのは、固有名を流用したパラレル・ワールドの手法という解釈もできるにはできる。だが、パラレル・ワールドでしかなく、両者に深い関連はないのだと読み手が素直に受け入れられるなら、ぎょっとすることは絶対になかろう。

 ポップもしくはキッチュなファンタジーは、この作者の持ち味だ。そこにゾンビ映画的なリアリズムが、ほとんど無遠慮に入り込んできているのが「空色のリリィ」である。表面上は、ゾンビの出てくる出てこないが、「ないしょの話」のメルヘンと「空色のリリィ」とを隔てている。ゾンビの出てくる設定によって、「ないしょの話」における家族の肖像は消失している。ええ、まさかあの登場人物がこんなことに、と驚きはする。しかし、その程度の驚きに止まるなら、ただ時系列をまたいでいるにすぎない。注意されたいのは、そのまたいだなかに何が描かれているか。何が描かれているせいで、ぎょっとするのか。既に述べた通り、幼年期に感じられていた世界と少女期に感じられる世界とが、地続きでありつつも、実際には切断されているということ。その真理が、寓話化の作用を通じ、ありありと突きつけられてくることに、それは由来している。

 たとえば「ないしょの話」における寓話化の作用は、ヒロインであるケイトの空想、純粋な子供心とでもすべき人間の観念の側からこの世界を変えうるものとして現れている。反面、「空色のリリィ」において寓話化の作用は、ゾンビの野蛮さに変えられてしまったこの世界として現れる。そこではもはやヒロインのケイトは純粋とでもすべき子供心を持ったままでは生きられない。幼年期に感じられたすべてがすでに変貌を遂げた後の世界を彼女は生きるのみであって、その、かつてとはまるで別人のようにしか思われない境遇が、少女期になって感じられている世界を抽出しているのである。ところで、ケイトの幼馴染みであるマックだけが唯一、決して変わらない存在として両方の作品に共通している。より正確を期すなら、変わることを許されていない。

 おそらく、「ないしょの話」でのマックの役割は少女に遅れる少年(少女の進歩に遅れてついていく少年)のイメージだろう。また、ケイトにとってそれは純粋とでもすべき子供心を担保するものであった。こうした役割は「空色のリリィ」でも大きく違わない。

 幼年期に感じられている世界にあっても、少女期に感じられる世界にあっても、マックは同質の役割を引き受け続ける。成長することも退場することも叶わず。象徴的な意味で、正しくゾンビのごとく。「ないしょの話」のケイトは、姉に憧れる。彼女はボーイフレンドの自転車に二人乗りで街へ出かけていく。このとき、幼年期のケイトに対して姉の役割は少女期の可能性を指し示している。「空色のリリィ」のケイトはその姉と同じようにボーイフレンドと一緒に自転車で出かけていくことができる。このとき、彼女こそが少女期の可能性を指し示しているのである。ただし、いずれの場合であれ、マックはケイトから決して変わらない存在として認識され続ける。すなわちマックとは、幼年期に感じられていた世界が少女期に感じられる世界へと変貌してしまったことを顕著に知らしめる。ある種の特異点にほかならない。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2013)
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