ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年02月26日
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 昨年完結したマンガのなかで、ほんとうに、このマンガがすごい、このマンガを読め、というふうに偉ぶって褒めるに値したのは、山本隆一郎の『GOLD』だけだったのだが、いやまあそれは言葉の綾だけれども、しかし、今日というかもう10年以上ものあいだ、多くの表現が、終わるに終われないモラトリアム(夏休みだとか祭りだとかに言い換えてもいいよ)が日常化してしまったことの、その内側の閉塞感をいじってみせるのが高尚だと勘違いしているのに対して、モラトリアムに終わりはつきものなんだよ、でも日常は続くんだよ、と、きっちり引かれた境界線の上に、読み応え溢れるエンターテイメントを展開させ、さらにはハッピー・エンドへと導いた点で、見事な達成を果たしていたと認めるのにやぶさかではない。その作者が、『週刊ヤングジャンプ』NO.12(もう先週号になるかな)に初登場し、読み切りとして発表したのが、『紙の翼』という作品なのだが、これに関しては、ちょっと、判断を迷う。雑誌全体からみれば、「ヤンチャの美学 悪童特集「男革」」というのの一環に組み込まれていて、そりゃあたしかに、子供向けかオタク向けのメディア・ミックスをべつにすれば、ビー・バップ世代というか団塊ジュニアをも含む現在オーヴァー・サーティの層をターゲットにしたビジネス・モデルが、サブ・カルチャーの商売にも適用されるのは妥当だろうが、そうした枠内にぴたっとはまってしまう安直さには、いささか戸惑わされる。16歳のときに少年院で知り合って以来、10年間ずっと危ない橋を渡り続けてきたヒデとイエローのふたりであったが、しかし彫師として人生を再出発したいと願うヒデにとって、あまりにも暴君的で危険なイエローの存在は、疎ましく感じられるものでしかなかった。そこでイエローの殺害を計画したヒデが、いざ実行の間際になって、イエローが自分のことをほんとうはどう思っていたのか、その真意を知ることとなる、との筋は、やはり通俗的すぎる。とはいえの話、じつは、この物語のなかでアウトローの姿は間違ってもかっこうよく描かれていない、むしろ悲惨ですらある、これをどう評価すべきか。たとえば、世のなかには、ヤクザになるほかない人間というのが、少なからず、いる。それはある意味で、仕方がないことなのだろう。だが、以前にも何度か書いたように、高橋ヒロシが『QP』というマンガにおいて、我妻涼というアウトローの姿をかっこうよく描いてしまったことで、ヤクザとして孤独に生きなければならないのはまったく幸福とは言えないにもかかわらず、若い世代の読み手から我妻涼の暗さに憧れる声が多く出てしまったことに対し、逆に批判的にならざるをえなかったことを、過去のインタビューで高橋自身が述べていたのが思い出されるのだけれど、それが不可避であろうとなかろうと、アウトローの立場を選ばなければならないのは、けして持ち上げられたり、肯定されたり、当然のように望まれるべきではないのである。この一線だけは、「ヤンチャの美学 悪童特集「男革」」なぞという阿呆みたいな枠に収まりながら、しかし、あくまでも踏み越えてはいない。もしかすると、そこに『紙の翼』の価値があるのかもしれない。と、そのことは明記しておきたい。

・『GOLD』に関する文章
 16巻について→こちら
 15巻について→こちら
 13巻と14巻について→こちら
 12巻について→こちら
 11巻につてい→こちら
 10巻について→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
この記事へのコメント
>高橋ヒロシが『QP』というマンガにおいて我妻涼というアウトローの姿を
>かっこうよく描いてしまったことで、ヤクザとして孤独に生きなければならないのは
>まったく幸福とは言えないにもかかわらず、若い世代の読み手から我妻涼の暗さに憧れる声が
>多く出てしまったことに対し、逆に批判的にならざるをえなかったことを、過去のインタビューで
>高橋自身が述べていたのが思い出されるのだけれど、それが不可避であろうとなかろうと、
>アウトローの立場を選ばなければならないのは、けして持ち上げられたり、肯定されたり、
>当然のように望まれるべきではないのである。

やはり高橋先生はQPのラストで、小鳥たちに涼(トム&ジェリーも含む)を打ち砕かせて
その眼とその心を醒まさせるべきだったのかもしれませんね……それぞれの道を行かせるなんて、なんとも無責任な。
Posted by 流浪牙-NAGARE@KIBA- at 2016年06月20日 08:47
流浪牙さん

いつもコメントありがとうございます。
なかなかレスする機会がなくて申し訳ございません。

我妻涼の生き方をどう否定するか(否定できないのであれば肯定するのか)という問題は結構大きくて、いま別のマンガ家が連載している我妻涼の外伝も、その問題ときっちり対峙できないでいるため、ちょっと残念なことになっていますね。
Posted by もりた at 2016年06月23日 18:02
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