ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年02月24日
 3番目の彼氏

 ただ胸が大きいせいで、中学の頃、はじめて付き合った彼氏からは〈おまえみたいなのとつきあってんのハズカしんだよ!!〉とフラれ、次に付き合った年上の彼氏には、そのような外見のイメージに反して、わざわざ同じ高校にまで追いかけてくる一本気な性格を理由に〈思ってたカンジと全然違うし…(略)正直重すぎんだよ…〉とフラれた主人公に、はたして三度目の正直はあるのか、という内容から『3番目の彼氏』というタイトルがつけられているわけだが、じつは、これが作者の小藤まつにとって三度目の連載であったらしく、案外そうしたことのダブル・ミーニングであったりするのかもしれない、との余談はさておき、〈オシャレ好きだし 化粧もするし 悩みのなさそーなお調子者で おまけに乳までムダに大きくて だけど今度こそは ちゃんと中身まで好きになってくれる人とつきあいたい……〉と思う梨央は、男子との遊びの席で、ひとりはグッド・ルッキンで人当たりもよく、ひとりは性格も身なりもぱっとしない、雰囲気のまったく異なる双子の兄弟と出会い、ちょっとしたハプニングから、彼らのうち地味目なほうの太一(通称のみ太)と親密になるのだけれども、予想されるとおり、そこに双子のもう一方である理一が絡んでくることで、物語は三角関係の様相を帯びる。これは僕の持論になるのだが、三角関係の劇というのは、トライアングルのなかで選ぶような立場にある人間が、とにかく他の二者のあいだを右往左往しているばかりだとおもしろくなっていかず、どちらと結ばれるのかあらかじめ見当のつくぐらいがいい。それというのはどうしてかというと、主体が、どちらを選ぶかわからないとき、どうしても複雑な心境の変化そのものが表現へと転化されなければならないし、結果、よっぽど高度な技術の持ち主でないと、つまり多くの場合ということになるのだが、うだうだする様子に退屈させられてしまうのに対して、話の落としどころが決まってさえいれば(あるいは決まっているのではないか、と考えられさえすれば)、あとはストーリーの山と谷に沿って、ぱたぱたと動かざるをえない登場人物のアクションに、読み手は自分の関心を注ぐこととなり、展開それ自体の妙をダイレクトに味わえるからだ。このマンガは、ちょうど、そういうバランスの上に成り立っており、だから、きわめて典型的な筋書きであるのに、最後まで、だれず、見届けられる。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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