ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年02月23日
 聖闘士星矢EPISODE・G 11 (11)

 現在、車田正美当人が描くものも含め、『聖闘士星矢』には複数のサイド・ストーリー、まあ要するに、公式認定されている二次創作ふうのマンガが同時に存在しているわけだが、この岡田芽武のヴァージョンが、もっともオリジナルの設定に忠実であるし、いちばんの燃える展開とアフォリズムを有している。それともうちょいいえば、オリジナルにおいては、アテナ(沙織)を守ることが星矢ら青銅聖戦士たちにとっての平和を守ることとイコールで、そのことは当時80年代という冷戦下の状況と無意識のうちに結びついていたのだろうが、つまり、一種のイデオロギー信仰でもあったといえるのだけれども、そうした面の有効性が弱まった今日に、いわゆる大きな物語が云々とはべつのレベルで、身近で直截的な対他関係こそを、自己証明の手立てにすべく戦うといった図式が、他のヴァージョンに比べ、効果的に回されているのも『聖闘士星矢 EPISODE.G』の強みである。作中で、神への懐疑が頻繁に投げかけられるのも、おそらくは、そのことに一役買っている。として、〈美は表面上にのみ現れるものではありません / 己の信じるものに命をかける者は須くみな輝く――賢明に生き 死ぬ者に美しくないものなどいない――神を名乗るならそれを知るべきです〉とアフロディーテが嘯いてみせる11巻も、あいかわらずホットな場面の連続なのだった。アフロディーテの援護を受け、リトス救出のための一歩をさらに進めたアイオリアの前に、ティターン神軍の思惑すらも余所にする存在、海洋の神ポントスが突如として降臨する。彼の目的は、人間に絶望を教えること、アイオリアの魂に敗北を刻むことにあった。いやあ、ここからがまた、最高潮にクライマックス(同義反復)で、青くさい名台詞が続出である。けして埋めることのできない力の差に、右腕を切断され、いったんは心の折れかけたアイオリアだが、しかし天秤座童虎の助力によって、自分を信じてくれる、自分が守らなければならない人びとがいることを思い出し、〈理解できねぇな / 神だって名乗るお前が / ただ壊すだけの力を真の力というのかがワカラねぇ / 力って言葉は!!! なンかを心から信じたモンだけが使っていい言葉なんだよ!!!〉と逆襲の狼煙をあげることになる。と、このポントスの降臨はじつは、『聖闘士星矢 EPISODE.G』のなかにあっては枝葉の部分であり、むしろオリジナルである本編への補助線にあたる。そのことを示すかのように、巻末で、星矢とアイオリアの、十二宮での戦いがリプレイされているあたり、演出も手が込んでいる。

 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 8巻について→こちら
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら 
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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