ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年07月23日
 いま現在、エモだとかスクリーモだとかパッケージングされているバンドの、そのサウンドの中枢にあるのは、ラジカルさやハードさではなくて、良質なメロディと楽曲構成力なのであり、要はボン・ジョヴィがうつくしいバラードを書くのと同じレベルのことが行われているに過ぎないのだが、ロック批評の人たちが、たったそれだけのことをコンスタティヴに捉えず、「衝動」だとか「切実」だとか「男泣き」だとかいった風にパフォーマティヴに記述するのは、「パンク」や「ハードコア」といった商品イメージが損ないたくない一心によってで、けっきょくはビジネスの話に他ならないのであり、ずばり、せこいのだ。
 このテイキング・バック・サンデイのセカンド・アルバムが、とても素晴らしいのは、バンドの持つソング・ライティングのセンスが遺憾なく発揮されているからである。と同時に、そのことによって、彼らが伝えようとするものが、明瞭なまでに表されているからなのだった。
 ここで扱われているのは、(前作もそうなのだが)「きみとぼく」にまつわる問題、言い換えれば、ラヴ・ソングに近しいものばかりだけれども、惚れた腫れたの心情ではなくて、切った張ったの勢いで迫ってくるのは、現代においては、たとえば「世界情勢」や「政治的オピニオン」などといった社会的な関心が、我々のアイデンティティを傷つけたりすることは少なく、むしろ、ごく個人的な領域で起こる出来事が、ときに死を選ばせるほどのダメージを寄越す、それへのリアクションが「自身」というものを形成するからだろう。なるほど、そこには、たしかにこの時代ならではのリアルさがあり、それに感応するのがエモーションというものなのである。
 ねえ君、僕たちの感情はどこに宿るのだろうか。僕たちの感情は「ここに」そう言いながら君が指差したのは?
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック