
好みをいえば、『きょうのできごと』はいまいちぴんとこなくて、その他の作品はぼちぼちで、『青空感傷ツアー』がベストなのだけれど、これもけっこう良かった。たぶん、終わりのない生活のなかで変化を否定しない、そういう姿形が好きなんだ、と思う。
五月、仕事にもすこしずつ慣れてきた頃、だけど私生活では見事に失恋してしまう。八月、新しい出会いに、すこしだけ恋の予感がした。基本的な流れは、社会人になったばかりの「わたし」の五月から翌年二月までを、一月につき一章区切りで展開しつつ、勤務中とプライヴェートの両の側面に起る様々ではあるが、しかし、ありふれた出来事を、ほぼ同時進行で綴ってゆく、といったものである。比重は仕事にだけじゃなく私生活にだけじゃなく、おそらくそのような意味で、フルタイムライフという題名がつけられている。
この作家の登場人物は、もしも明言化するのであれば、無気力で無関心ということになるけれども、それが、けっしてネガティヴなものとして作品に反映されず、読み手の感情移入を誘い込む、まるで自然体で発せられる口語のような親しみ易さを持っているのは、もちろんセリフの多くが関西弁だというのもあるのかもしれないが、それだけじゃない、ときどきは泣いたり、ときどきは怒ったり、ときどきは笑ったり、そうしたシンプルな感情のリアクションを、虚無感や閉塞感に対するささやかな抵抗として、うまい具合に働かせているからなのだ。
この小説で、それがよく現れているのは、もちろんそこが全体のクライマックスだという部分もあるけれど、やはり一月の章だろう。ゆるやかに訪れた変化が、いろんなものの角度を動かす。だけどそれっていうのはけっきょく、ぐるぐる回るミラーボールみたいなもので、いつだってちいさな光が、あちこちを跳ねている

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