ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年01月19日
 silent summer snow

 〈小6の夏 うちの母と綿矢のお父さんが駆け落ちした 当の本人達が戻らぬまま綿矢んちは半年後に引っ越し。知らない間に離婚が成立。母の消息も綿矢家のその後も不明。封印したい過去だ〉と、主人公の美昇(みのり)が通う高校に、その、彼女とは因縁浅からぬ綿矢晃大が同じ学校に転校してきたことがきっかけとなってはじまる、吉井凜の「silent summer snow」は、先に引いたように俗っぽく仕立てられた悲劇を背景に、ひとりの少女が無関心から回復し、やわらかな感情に涙を湧かせるまでを描く。美昇の家族は、母親が出て行って以来、うまくいかなくなっていて、弟は部屋に引きこもり学校へ行かず、父親はほとんど家に寄りつかない、そして美昇は〈あの家の中で今にも溶けてなくなりそうな自分の輪郭を誰かに触ってもらって確かめたかった〉という理由だけで、彼氏でもない人間と寝る。もちろん、こうした紋切り型の、いまどき三文芝居じみてすらいる家庭崩壊劇そのものに、つよい魅力が備わっているのではなくて、主眼は、晃大からの積極的なコミットによって、美昇がいかに変化してゆくのか、にある。言い換えれば、作品の比重は、ひとつの出来事に、暗く横たわる面ではなく、そこに触れてくる明るさの作用にかかっている。じつに3年半ぶりに再会したとたん、積極的に関わってくる晃大の態度に、美昇は戸惑い、〈何なの? 何で私に構うの? ほっといてよ〉と思う。それというのは自分と似た境遇であるはずの晃大が、まったくイジけておらず、〈私と同じ傷みをまだ持っていたら少しは救われたかもしれない でももう違う〉からで、要するに、同じ過去を共有していることが同じ感情を共有することにはならない、そのせいで感じられる孤独からやって来ている。反対に、父親や弟との関係は、家族の一角を損なうことで受けたダメージが近似であるがゆえ、そうして深刻な気分を共有してしまうあまり、不全としているのだ。家のなかには、誰かにかける言葉がなく、誰かからかけられる言葉もない。ある種の密室に立ちこめる閉塞感もやはり、孤独というに相応しいものだろう。そういった実感は、美昇が晃大に告げる〈周りのものまとめていっぺんに失くしたんだと思ったら すごく恐かった……しかも あんたまで いなくなっちゃうし〉という言葉のなかに、短くまとめられているように思われる。物語は、とある展開を経て、まあ出来すぎともとれるのだが、やがて哀しい気配を含んだラストへと至る。しかし読後に、さわやかな風が吹く。すでに彼女の抱えていた孤独は解かれ、悲しみさえ他の誰かと共有しあることが、最後のシーンによって確認されているのである。ここには、その表題作「silent summer snow」の他に、「4days」という作品が収められており、そちらは、とある偶然に知り合ったカップルの、題名にあるとおり、4日間にわたるファンタジックなロマンスになっていて、少女の心でネガティヴに澱むウェーヴの、ゆるやかに晴れてゆく様子が、ふたりの道行きに重ねられている。

 『比べようもない程に』について→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
この記事へのコメント
森田さんどうも。この人の作品は僕も最近はまっています。人生においては「決着」「解決」できないことだらけだと思います。否定的な表現であれ、それが受容されるということが大切ではないかと思っています。
Posted by 戸田修司 at 2007年01月25日 22:23
戸田さん。

>人生においては「決着」「解決」できないことだらけだと思います。

同感です。でも、だからこそがんばって生きてかなければならない、って側面もあるのでしょうね。
Posted by もりた at 2007年01月26日 19:13
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