ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2013年01月28日
 pupa(3) (アース・スターコミックス)

 兄妹間のアブノーマルでグロテスクなダーク・ファンタジーだと思っていたマンガが、その本質には父と母の、そしてその内奥には雄と雌の、つまり、人間観のレベルでは普遍的な、さらに生態系のレベルにおいては真理的なテーマを潜めていたことが明かされる。 茂木清香の『pupa』3巻である。が、それにしてもクソ野郎のろくでなしである四郎(主人公の父親)がまさかこんなにも家族想いの行動を見せるなんて。いや、クソ野郎のろくでなしであることには変わりはないのだけれど、あまりの活躍にちょっと頼もしく感じてしまったわ。

 かくして、伊万里医神会に介入した四郎の発言は、主人公である長谷川現(うつつ)と妹の夢を苦しめるpupaとは一体何なのか。どうして夢は化け物のような姿になってしまったのか。意外な真相を我々読み手に教えることとなるのだった。はたまた、その真相が意外なのは、結局のところ、こうと信じられていた因果関係が実際には逆さまだったと暴露されているためであろう。夢は不幸な事件を通じて異形と化したのではなく、そもそものはじめから、その存在が誕生した時点ですでに人間とは別の生物だったのだ。夢の正体に気づきながら、誰にも相談できず、狂気に逃げ込まなければならなかった幸子(主人公の母親)の心境は、それが現の持っている記憶とまったく正反対の意図を含んでいたというのは、かなりおっかない。ホラーである。共同体の単位において、異常なのは父親や母親の方ではなく、現や夢の方だったことがばらされてしまうのだ。

 しかし、何が異常で何が正常か。作中では擬態と解説されている夢と現の運命は、他種の巣で孵化するカッコウの挿話を彷彿とさせる。我々の観念では異常に見えるかもしれないものが、自然の摂理を前にしたら異常でも正常でもない。ただ単に一貫した営みがあるにすぎない。だが、度を越した人間のエゴイズムがその野生らしい営みを壊し、暴力的にねじ曲げた結果として、あたかも不幸であるような物語を兄妹は背負わされてしまったのである。夢と同じくpupaであり、現に協力を申し出たユウの孤独もそれと並行している。この世界に唯一の寄る辺を、外からやってきた理不尽によって奪われてしまったユウの孤独は、『pupa』という作品が侵略と共同体の幸福とを裏表にしていることの暗示なのではないか。ここでいう侵略とは決してスケールの大きなものではない。あるいは侵害と言い換えた方がニュアンス的に正しいかもしれない。

 なぜ現と夢の平穏は破られたのか。いや、それ以前になぜ長谷川の一家は離散してしまったのか。さらに遡るなら、なぜpupaに異変が起こらねばならなかったのか。これらの出来事はすべて、何者かが何者かの生活を侵害したことに端を発しているのであって、文字通りの一連なりになっている。ともすれば元凶は、かつて伊万里医神会の中枢であった研究者のマリア(伊万里愛)だろう。彼女の態度こそが正しく度を越した人間のエゴイズムを体現しており、常軌を逸してしまった現と夢の立場は図らずもその悲劇に試されるものとなっているのである。現と夢のあいだに横たわる感情が、兄妹であることに由来しているのかどうかはともかく、それが侵略のもたらした苦難に対する一つの答えを為しているのは間違いない。

 2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2013)
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