ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2007年01月06日
 テガミバチ 1 (1)

 〈ラグ……きみには……「テガミ」には大切な「こころ」や「きぼう」「願い」がたくさん込められているのです / 命をかけてきみを必ずキャンベルに届けます…!!それがテガミバチの仕事ですから…!!〉。正体不明の男たちによって母親を奪われた幼年期に、主人公のラグは、アンバーグラウンド国家公務郵便配達員「BEE」(通称テガミバチ)のゴーシュと出会い、助けられ、憧れ、彼のようになりたいと願う。その五年後、いよいよ成長したラグは、テガミバチになる資格を得るため、旅立つ。〈まっていて……おかあさん……!!ゴーシュ…!!ぼくは…必ずりっぱなテガミバチになって あなたたちに会いに行きます…!!〉と、こうして「こころ」を載せた「テガミ」をめぐる彼の冒険は幕を開けるのであった。おお、もう単行本になるのかあ、はやいな、と驚いたら、たったの二話しか収められていないじゃないか、しかしながら本格的に物語をはじめる前に背景をきっちりと説明する必要があるからだろう、けっこうなヴォリュームが感じられる。まあそのせいで、今後に作品がどのようなテンポで進んでいくのかは、現段階ではいっこうに見当がつかず、内容の是非に関しては、本質的な判断はまだ下せない状況だ。とはいえ、以前にも書いた(つまり繰り返しになる)のだが、先行する人物の背中を追うかたちで主人公が特定のジョブに就くという基本線は、今様の少年マンガ活劇における主流的なフォーマットで、そのうちに浅田ならではの、リリカルな精神論を、どれだけ組み込めるかが、やがて要所となっていくのでは、と思われる。のだけれども、以前であったならば中原中也へのリスペクトが、たとえばここでは、ゴーシュという名が登場人物のなかにあったりと、宮沢賢治への傾倒をそこはかとなく感じさせるわけだ、が、そうした宮沢の影響をマンガの表現においていかに扱うかは、今ぱっと思いつくだけでも、外薗昌也が『犬神』で、幸村誠が『プラネテス』でやっていて、そうして見ると、じつは意外に落としどころが難しく、物語そのものを破綻させる可能性を過分に孕んでいる点に、注意しておきたい。

 第一話について→こちら

 『蓮華 spring edition one's intimate feeling / ふたつの忍花』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(07年)
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