ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2012年11月02日
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 重本ハジメの『鬼さんコチラ』は、『週刊少年チャンピオン』の39号から49号(今週号)まで掲載された。全12話のマンガである。秋田書店の通例からすると、このような短期終了型の作品はコミックス化されない場合が多いのだったが、じゃあ単純に退屈だったのかといえば、そうとも断じきれないところがあったろう。今日の流行りとはやや毛色の異なる画の触感は、もしかしたら古くさく見えるものであったかもしれないし、あるいは以前の『コロコロコミック』や『コミックボンボン』等の幼年誌に載っていたいくつかを思い出させたりもした。けれど、それは必ずしもテクニカルではないということではない。むしろ、作者が自分の指向性をダイレクトに出そうとし、また自分なりに独創性を出そうとした結果が、上述の触感をもたらしているのではないか。

 現代に蘇った百鬼夜行によって、平凡な少年(金木)と少女(桜田)であったはずの二人が、一千年前からの因縁に絡めとられていく。鬼と人の側に分かれ、互いを滅するために対決せざるをえなくなるのだった。ストーリーは少年マンガの伝奇ものに珍しくはないタイプであって、おそらくは先行する藤田和日郎の『うしおととら』との類比を免れないだろう。宿命を象徴する宝刀の無敵っぷりが獣の槍を彷彿とさせ、百鬼夜行の悲愴が白面の者のそれを思わせるのはともかく、ひたむき、純粋な態度を是とすることが、嫉み、憎しむことの集積であるような災厄を見事に打ち砕いてみせるのである。無論、それは模倣というよりは継承と見なせる。一種の伝統を後ろから追うなかに独特の演出を加えようとしているので、作品に悪い印象を持たないのだ。大胆なアクションに期待を持たせられる場面が少なからずあった。

 ただし、物語の長さに還元される問題なのかもしれないが、百鬼夜行を現代に導入したことの意義が、あまりよく生きていない。百鬼夜行の面々を含め、ワキの人物がさほど魅力的でなかったのも悔しい。主人公に、今を生きていると公言させることで、大団円に辿り着くのだけれど、結局のところ、現代で何が起きたか(能動的に運命を変えるべく何を起こしたか)へのフォーカスは甘く、過去の因縁をいかに収拾するかに内容は任されてしまった。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2012)
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