ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年12月14日
 『すばる』1月号掲載の短篇。何かを書かなければならない気がするのだけれども、何を書きたいのかわからない、それを書くことが、今の(純文学系の)作家にとってテーマになっているみたいな、じつはいつの時代にもいわれていそうなことを、つい最近もどこかで見かけた気がするのだが、どこだったか、まあ、何にせよ、生田紗代の『浮かぶしるし』もまた、そういう小説だといってしまっていい感じがする。〈ものを噛むたびに、右の顎が外れたみたいにカクッとなるので、違和感に耐え切れず土曜の昼にデンタルクリニックに駆け込んだら、いきなり親知らずを抜くことになってしまった〉、それで抜いたあと家に帰り、〈炎症を抑えるものと感染症を防ぐ〉ための薬を飲むわけだが、アレルギー体質の気が強いせいで、〈私〉の体には発疹が浮かぶから、麻酔が切れ、痛みに悩まされても、痛み止めの薬すら飲めない。そうした経緯のなかで、〈私〉が〈毎週火曜の夜に通っている英会話のレッスン〉における、些末なあれこれが回想される。前半に〈カクカク鳴った〉やら〈ふらふらと〉やら〈とぼとぼと〉やら〈かさかさと〉やら〈いそいそと〉やら〈なみなみと〉やらといった、ずいぶんと幼稚で曖昧な言葉遣いを多く見かけられるけれど、それはレッスンで英会話を交わすさい、自分が自分で自分の言いたい旨をうまく言語化できない、それとの関連で見ることもできる。〈そういえば、英会話の帰りも、今と似ている。つまり、ちょっとした放心状態になるという意味で。歯を抜かれ、日本語を奪われ、私はそう遠くない場所に心を置いてきてしまう。本来の自分に戻るには、多少の時間を要する〉からだ。とはいえ、そのような図式的な見方に落とし込んでみないと、読むところの少ない、文章それ自体の旨みが乏しいあたりは、要するに、語り手に魅力が欠けているということでもあるので、やはり、この作品の欠点にも思われる。生田は、絶えず書き続けることで、良くなってきた作家であるが、どうもここ最近は、作品ごとに一進一退を繰り返しているかのような印象を覚える。

・その他生田紗代の作品に関する文章
 「靴の下の墓標」について→こちら
 「ハビタブル・ゾーン」について→こちら
 『彼女のみる夢』について→こちら
 「なつのけむり」について→こちら
 「私の娘」について→こちら
 「雲をつくる」について→こちら
 「なすがままに」について→こちら
 「まぼろし」について→こちら
 「ぬかるみに注意」について→こちら
 「十八階ヴィジョン」について→こちら
 『タイムカプセル』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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