ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年12月13日
 女神の鬼 5 (5)

 『BAD BOYS』や『グレアー』と重複するキー・パーソンが次々に登場し、これがそれらと地続きの世界を舞台にしている、ある意味ではサーガとでもいうべきものの一部であることがあからさまになりつつあるわけで、そう考えたとき、この作者にとっての「広島」とは、もしかすると中上健次にとっての「路地」のようなものにあたるのではないだろうか、とさえ思える。田中宏『女神の鬼』の5巻である。今さら確認するまでもないことだけれど、作品が発表されたのは『BAD BOYS』→『グレアー』→『女神の鬼』の順だが、物語内部の時系列は『女神の鬼』→『BAD BOYS』→『グレアー』といった具合に設定されている。しかしながら、読み手であるこちらがもしも、ひとりの女神が誕生することによって大多数の鬼たちが調停される、あの『グレアー』の結末を知っているのであれば、まるでそれを受けているかのような『女神の鬼』という題名は、じつに示唆的であり、たんに前日譚に止まらない、主題のレベルにおいては、より先に進んだものである、と推測される。いや、まあ、『BAD BOYS』との関連が明示されていた『グレアー』とは異なり、『女神の鬼』の場合は、これを一個の独立した作品として読むのが正しいのかもしれないが、やはり女神と鬼の二項が、物語のうちで、どのような意味合いを持つのか気にかけてみると、先行する二作を参照したい欲望に駆られる。鬼とは何か、端的に解釈すれば、世間に忌まれながら生きる存在のことであろう。たとえば、この巻の表紙に描かれている牛山という登場人物は、その喋り方が異様なせいで、子どもの頃から、自分の居場所を損ない続けている。その彼を受け入れてくれたのが、雛石であり、小野寺であり、ビイスト(正確には漢字表記)であった。そうした拠り所を守ろうとした結果、しかし彼は、すべてを失い、ふたたび孤独になり、警察に追われる。悲しい話だ。それでも牛山の救いは、理由の違いはともあれ、同様に世間から忌避されている花山に声をかけられ、自分の新しい居場所を得たことにある。〈昭和54年 まだガキじゃったキッチョ(ワシ)の知らんトコロで 鬼たちは荒れ狂い…離れ…繋がり…導かれるかのごとく 着実にソコへ向かって行きよったんじゃ…〉と、つまりは、そういうことだ。こうした鬼たちの共感は、『BAD BOYS』の終盤、廣島連合を駆動させた狂気と不安とを想起させる。あそこで、ホレ込む男を間違えたといわれた石本千春は、幼少時より地獄を見てきた佐々木への感情移入以外に、自分を肯定し、支えるものを持たなかった。話を『女神の鬼』に戻すと、雛石と牛山を破門したビイストのトップ虎鮫金次郎と、ライバルである極楽蝶の二代目との、ある晩における、次のような対話が印象的である。〈な〜んか…同じよーに枠から溢れてグレてしまうヤツらの中にも 暴れるコトで何か大切なコトに気づけたり…絆を結べたり…この世界の中でなんとか揉まれながらも成長できるヤツと なんちゅーかこー…それとは明らかに違う…生まれながらの鬼っちゅーのは……やっぱしおるんじゃ……〉〈矯正不可能……か…〉〈同じよーにぶち込まれた花山やら原…ほいから もしかすりゃあワシの従兄弟もそのツレの隆もそーかもしれん…〉〈…確かに廣島連合の中にもソレらしいヤツはおるし…この世界ってのもなんかヤバイ事が起こりそーな匂いがしよるわい…〉〈鬼と共存しながら平和を維持するなんて…土台無理な話なんじゃ〉。ここに示されている事柄は、見ようによっては『女神の鬼』ばかりではなくて、『BAD BOYS』や、それから『グレアー』をも貫いているように思われる。ちなみに『グレアー』は、先ほどもいったが、女神の誕生を期に、廣島連合とビイストを軸として、広島で暴れる鬼たちが、ようやく共存へと至る物語であった。では、女神とは何か。花山や原らにとっては、ギッチョの姉たちがそうだろう。じじつ、逮捕される間際、原はギッチョの姉である舞と出会い、彼女にどれだけ救われたかを振り返りながら、こう言う。〈舞ちゃん…アンタはワシにとって……真っ暗闇のこの世界に現れた たった一人の女神なんじゃ…〉。原や花山は、自分のなかに、けっして飼い慣らすことのできない破壊衝動を持っている、それが女神と慕う女性の前にあっては、静まり、安らぐ。あるいは、そうやって得られる感覚こそが、世間に疎まれるしか生きようのない彼らにとっては、ただひとつ、幸福と呼ぶに値するものだった。ここで『女神の鬼』という題名を、文字どおり受けとり、極論するのであれば、それが「鬼の女神」ではなく、あくまでも「女神の鬼」であるように、女神と鬼の、どちらが優位であり、どちらを押さえているか、主従の関係は明らかだといえる。しかしながら、いよいよギッチョが14歳になった今後の、1983年以降の展開如何によっては、鬼と女神をめぐる、べつの局面もまた、露わになるのに違いない。はたしてギッチョがいう「ソコ」とはどこか。登場人物たちのなかで王様になれる者などいるのか。未だ興味は尽きない。

 4巻について→こちら
 1巻と2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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