ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2012年08月23日
 凍牌~人柱篇~ 3―麻雀死闘黙死譚 (ヤングチャンピオンコミックス)

 まったくどうかしてるよな。一つ、ストーリーの先が見えないことをすぐれたフィクションの特徴として挙げられるなら、間違いなく志名坂高次の『凍牌(とうはい)』全12巻はその条件を満たしていたといえよう。そしてもちろん、同じことはタイトルに一部変更を加えた「人柱編」にもいえるのであって、主人公が文字通りの絶体絶命に陥った前2巻も予想外であったが、ほとんど誰も幸福を手に入れられないままに勝負が決着したこの3巻もすさまじい。

 主人公が死ぬ。退場する。主人公を置き去りにして事態が進む。そのような筋書きのフィクションですら珍しくない昨今だけれど、さすがに無敵と思われていた氷のKが対局の途中で首吊りさせられ、あっさり舞台を降りてしまったのにはびびった。確かにまあ、無印の『凍牌』においても、足の指を切断したり、腹から内蔵をこぼしたり、おいおいそりゃあえぐすぎるぜ、の窮地を(どんなに辛うじてであろうとも)澄まし顔で脱してきたのが氷のKの氷のKたるゆえんなのだが、唯一ピンチを巻き返せる可能性を持っていたはずの本人が意識不明になってしまうのだから、やばいに決まっている。これ、どうにもなんねえだろう、完全に詰んでるじゃん。掻き立てられた不安にはらはらさせられる一方で、しかしKのことなので必ずや裏がある。思い切り作者の手の平の上で踊らされ、異様にわくわくしまうのだった。予想外とは、つまり、そういうことだ。

 そして3巻である。先述の難関を(誰が)いかに突破するかは、俄然注目せざるをえないところであって、まさかまさか、という展開の続くことに大変驚かされるし、さらにはその、まさかまさか、のラッシュによって辿り着かれた真相の意外性にはぎょっとさせられるばかりか、実はそれが次の展開への布石にすぎず、結局は一度ハマったドツボから抜け出せていないことが明かされる段に至っては、物語の向こうに広がった暗がりの深さをあらためて知り、震える。『凍牌』にとって麻雀とはサヴァイヴァルそのものだが、束の間の小休止ともとれる場面で、とある人物が口にした「人柱編」の真の意味はおそろしい。非常にぞっとしないのであった。これまで膨大な死者の上をまたいできたかのようなKの軌跡でさえ、所詮、富や権力の下部でしかないことが宣言されてしまうのである。そこでは人の命は呆気ないほどに軽い。

 命が呆気ないほどに軽い。これは『凍牌』を貫く一本の指標でもある。誰もがいとも容易く死ぬ。簡単に死ぬ。惜しまれることなく死ぬ。残酷な指標はギャンブルを題材とした作品のなかに強烈なスリルとサスペンスを生じさせる動因になっているが、そればかりでなく、建て前の倫理では対処しきれない現実の、あまりにも荒廃し、惨めな救いがたさを投影してもいる。しかしだからといって悲嘆していてはいけない。絶望だけがキャンセル不可のゲームに、たとえ強制的であろうと、躊躇わずに参加し続ける主人公たちのヴァイタリティとストイシズムは、悲嘆が悲嘆であるかぎりは決してマイナス以上の価値を生み出さないことをアピールしているのである。

 ああ、Kと両親のディスコミュニケーションをも斥けられた関係の殺伐さを再確認されたい。父母に愛されたとか愛されなかったとかいう苦悩もまったく役に立たない。どのような憐憫も〈考えてもみろ… Kさんは 親に殺されるかもしれない恐怖の中で暮らしてきたんだぞ ずっと… ずっとガマンして生きてきたんだ〉このような善良な怒りも、Kを生かすための希望にはならないのであって、いやむしろK自身がそのような建て前の倫理とは訣別しているがゆえに、他の何者にも足を引っ張られず、ライヴァルたちを上回り、いくつものデッドラインを踏み越えられてきたのではなかったか。誰の命も呆気ないほどに軽い。これは必然、何者も特別ではないことを含意する。性別も年齢も国籍も立場も関係なしに誰もが次々と地獄に落とされる。それなのにどうして自分だけが特別だと述べられようか。

 根拠のない独我論やメロドラマの発想をKは一切信じない。ただ地獄の最中を生き残るために手を尽くし、勝利することが、結果的に彼の存在の正当性になりえているのである。ときにKの態度は極めて非人間的に受け取れる。だがその活躍を見るたび、どうしてか元気が出てくるのは、おそらくはKが他人に対してと同様、自分に対しても甘えを許していないからなのだと思う。

・その他
 『牌王伝説 ライオン』1巻について→こちら
 『凍牌』10巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2012)
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