ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年11月30日
 BLUE

 いや、これはもう、とてもキュートな良作で、惜しむべきは『BLUE』という題名が、どこかありふれ、すこし凡庸に思えてしまうところぐらいだろうが、しかし、この、あわく、残酷な面もある、恋愛劇を、どうしても青色になぞらえなければならなかったあたりに、作者である咲坂伊緒の資質が現れているともいえる。主人公の杏奈は、片想いの相手である怜司と同じ高校に入れたことを喜ぶ、けれども、彼とは同い年のいとこ同士だから、心のどこかで、あるいは世間体的に、結局はこれが望まれない恋愛でしかないことを、知っている。すくなくとも怜司のほうは、杏奈が親しく接してくることに、快い顔をしない。こうしたふたりの齟齬に絡んでくるのが、杏奈が入学式で知り合い、親友となった、クラスメイトの瑠海である。瑠海は、姿形がえらく可愛らしいのに反して口悪く、その彼女といがみあう怜司の、しかし今までに見たことのない態度が、もしかすると彼の気持ちは瑠海に惹かれはじめているのではないか、と杏奈を不安にさせ、そうして拡がってゆく波紋が、三者三様の反応を呼び起こすのであった。と、物語そのものは、いっけんよくあるトライアングルを扱っている。だが、その過程の在り方、つまり話を展開させるさいの手つきに、作品の魅力は、おおきく担われている。杏奈の内面または視点は、モノローグのかたちで、こちらへ、〈怜司のそばにいたかったから だけど私の想いはヒミツなんだ〉といった具合に、あらかじめ開示されている他方で、瑠海と怜司の感情は、あるタイミングまで徹底的に伏せられている以上、読み手は、作中の杏奈がそうするように、彼や彼女の行動から判断、推測するほかない。多少おおげさにいうならば、これはちょうど、物語のなかにおいて、瑠海と怜司が、その内面のけっして確定しえない、まさしく他者であることの、適切な証明である。ずばり『BLUE』の読みどころとは、そのような構図が、結末に向かうにつれ、ごく自然な振る舞いで、転換し、杏奈以外の登場人物らの、べつの、真のといっていいかもしれない、表情が現れる点にこそ、ある。ここで注意深く指摘しておきたいのは、杏奈が自分の気持ちを怜司に伝えることを目指し、大筋は進んでいるにもかかわらず、よく目を通せばわかるとおり、その、もっとも重要な行為だけが、いくつかの不可抗力のため、最後の最後まで達成されない。要するに、杏奈は、結果的にだが、告白をしていない(できなかった)。当然それでは収まりがつかないはずなのに、読後の感触はしっかりとしている。なぜか。たんにハッピー・エンドで終わるから、といわれれば、たしかに事後的にはそうである、が、ラストの3ページは、お世辞にも印象深いとは思えず、したがって、このマンガの、すべての成果は、それ以前の段階に集約されているといえよう。繰り返しになるけれども、杏奈からの告白はなされない。かわりに彼女は、瑠海や怜司からの直截的な働きかけによって、それまでは、どれだけ覗き込んでも知ることができず、だから苦しまされもした、その他者であるものたちの内面に通じる。そうした展開は、読み手に、三人を結ぶ関係式がいかにして成り立っていたのかを俯瞰させ、誰かの他の誰かに対する思い遣りが、恋愛においては、ときに秘密として振る舞われる、隠せば隠すほど〈胸に青く積もる〉感情を抱えていたのは、なにも杏奈ひとりだけではなかったことに、はたと気づかされるのである。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック