ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年04月08日
 『新潮』5月号掲載。ウィリアム・イーディーになりすまそうとしている「俺」であるところの探偵ディスコ・ウェンズデイは、ある事件を通じて知り合った6歳の少女梢と、いっしょに調布のマンションで暮らす。梢が、タイムスリップしてきた十七歳の梢になってしまったある日を境に、さまざまな混乱が、ときどきは踊場水太郎であるところの「俺」の身の上に降りかかる。梢のなかの島田桔梗が語る残酷な真実に駆り立てられて、「俺」はノーマ・ブラウンの精神的コスプレを楽しむ室井勺子とともに、パンダラヴァーの謎を追うのだった。『暗闇の中で子供』、『九十九十九』の流れを汲むような、メタ構造を軸に、コピーとオリジナルに関する問題、アイデンティティとはいったい何か、そしてそれはどこからやってくるのか、を推理しながら地獄を巡り巡る長編の、その第一部である。細かいことについては、いずれ「はてなダイアリー」のほうに書くつもりなので、とりあえず一点だけ。主人公が外国人に設定されているのは、おそらく、彼だけがこの作品世界においては他者だからである。本来他者であるはずの人物が、主体となるというのはどういうことか、それはつまり、ストレンジャーとして小説内部を生きるということでもある。そのような逆転が、諸々の疑問符を、引き寄せている。それは後半、彼以外の人物たちには周知であることが、彼には知られておらず、また、それが真実であるかどうかを、彼だけが知ることができないという、そういう場面から見て取れるのだった。

 冒頭部分、新潮社のページで立ち読みできます→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック