ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年04月03日
 現代を舞台にした表現で、ビルドゥングス・ロマンを成立させられるのは、もはや料理マンガしかないのではないか。と、それが、僕が料理マンガを好む理由のひとつである。今の時代、叩き上げられ、鍛えられる、そういう職人的な意識って、あまりリアリティを持ちえない、というか、オルタナティヴな方法論があらゆる場所に発生しちゃって、何かを極めるにしても、一本道的な根性の据わり方は、逆に嘘臭く見えるという意識は、どっかにある。ひとつひとつの積み重ねが、何かを為しえる、その考えはちょっと古典的すぎる、実用的じゃないよ、と。スポーツ・マンガとかでさえ、深夜まで練習を続けたりする部分は、もう主題にならない、それはそれで副次的な機能しか果たさないような感じがするのだ、漠然と。このマンガの主人公である伴少吾の脳髄のなかを占めるのは、自分に与えられた役割を、どれだけ忠実にこなすか、それだけである。戦場のようなキッチンでは、誰も助けてくれない、しかしヘコたれたら負けなので、自分で自分を支えてやるしかなく、じょじょにではあるが、料理人としてのスキルを獲得してゆく。福岡のちいさなレストランで実力を認められ、六本木の一流イタリアンに出向となった伴は、そこで働く他の従業員の仕事ぶりに度肝を抜かれる。それまで腕に覚えがあり、自分を過信していたところもあった彼は、プライドやら何やらをズタズタに引き裂かれる。喪失した自信に対して、地元に帰るという選択が与えられる、そのとき彼がつかんだものは、しがみつくようなガッツで、逃げず、学び、そして戦い続けることであった。いや、冒頭からかなり燃えるストーリー展開なので、エキサイトメントにばかり目を奪われるが、根本で行われているのは、ゼロの地点から出発し、師弟関係を軸とした運動のなかで、自分がいったい何者なのかを探し当てることに他ならない。そこでは、根性と努力とが、成長と等価値で交換されているのである。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | マンガ。
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