ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年11月09日
 『新潮』12月号掲載。佐藤友哉ひさびさの新作長篇であるが、それとは直截的には関係のないように見えるところから、ここでの話をはじめる。かつて江藤淳は、夏目漱石に関する文章のなかで、次のように書いた。〈元来、個性的な作家が存在し、多くの崇拝者を持つような場合、その死後四半世紀乃至は半世紀の間はある意味での神話期であって、この時期はほぼ正確に崇拝者達(略)の寿命と一致している。作家は彼らの追憶の中で神の如き存在となり、様々な社会や趣向の変遷に乗じて、神話はやがて厖大な分量にふくれ上がる。しかしひとたび生前作家と親交のあった崇拝者達が死に絶えるとそれは次第に雲散霧消する。あとに残るのは動かし難い一かたまりの作品であり、これが後に新しい神話を生むにしても、それはかつての感傷的な性格をすて、その故にかえって永い生命を持つにいたるのである〉、そうして時の試練に耐え、また骨董品のような過去に寄り添った場所でもないところで、漱石の作品は、現在もなお生き続けている、と江藤はいうのだった。これは、およそ100年前に発表された『吾輩は猫である』が、現在どのような受けとられ方をしているか、を考えてみると、わかりやすい。あるいは、今日を生きる僕たち読み手が、やはり100年ほど前に誕生したといわれる近代日本文学の、そのうちのいくつかの小説に、何かしらかのアクチュアリティを覚えるとしたら、それは、このような変遷をクリアして、残ったものだからなのだともいえる。しかしながら、この考えは、平均寿命がかつての倍近くにまで伸び、一般的な消費速度に関してはもはや倍以上にも達した、今後の100年から先に対しては、たぶん適用することはできないであろう。そうした意味で、現代の日本文学(にかかわらず、サブ・カルチャーをも含め、すべての表現)は、その場しのぎのヒットと内輪受けでオーケーという姿勢を良しとしなければ、前人未踏の領域に挑む決死の体でこそ、つくられていかなければならない。すくなくとも佐藤友哉の『1000の小説とバックベアード』は、そうしてある逼迫を、僕に想起させるのであった。佐藤には以前に「『世界』の終わり」という作品があるけれども、そちらがミッシェル・ガン・エレファントの曲名を思わせるなら、こちらはROSSOの曲名を思わせる、というのは、ややこじつけ臭いが、作品がいくつかの節に分かれていること、それから作中の人物が小説を書くことに腐心することが作品そのものの輪郭に繋がっていくという部分は似ている、として、「『世界』の終わり」がサブ・カルチャー的な知識を多く参照することで成り立っていたのに対し、この『1000の小説とバックベアード』はそれを古典から準古典そして近代文学まわりの知識に入れ替えることで成り立っているといってよい。だが、そうしてわかるのは、それらの知識そのものが、小説のフックとして機能しているのではない、ということだ。では、何がかといえば、まちがいなく語り手の役割をつとめる登場人物のエモーションであろう。物語を、サプリメントのように、つまり工学的にこしらえる職業である片説家は、小説家とは違い、集団で作業にあたる会社員なのであり、あくまでも効果と効率だけが求められる。その片説家であった〈僕〉は、しかし27歳の誕生日に、仕事をクビにされ、挙げ句、文字が読めなくなり、文章が書けなくなってしまう。そのような状態から、虚構じみた活劇を経て、立ち直り、片説家ではない、小説家として生きることを決心する。というのが、『1000の小説とバックベアード』のおおまかな筋である。そのなかで〈僕〉が、とくに自己を投影して見る対象に、石川啄木がいる。啄木の憂いに関しては、彼の親友であった金田一京助の書いたものや、そのほか関川夏央と谷口ジローのマンガ『『坊っちゃん』の時代』の第3部などで、わりと簡単にあたることができるので詳しくは述べないけれども、ここでの〈僕〉は、たとえば啄木の、小説家になりたかったが、小説をうまく書くことができず、そのかわり、いくつかのすぐれた詩と評論を書いたことで、27歳の若さで亡くなるが、文学史にその名を残すこととなった、こうした経歴に、ほんとうの小説に辿り着くことのできない、自分の境遇を重ねていることがうかがえるわけだけれども、たんにそこばかりではなく、明治時代の自然主義に批判的であった啄木の小説が、はからずも自然主義ふうの作風であったことと、それこそ積極的に大文字の文学に近しくあろうとする〈僕〉というか、作者である佐藤友哉自身の小説が、この時代のアニメ・まんが的なリアリズムの域から脱しえないこともまた、一致しており、おそらくそのようなジレンマから、作中で何度か繰り返される〈小説を書くような心で書いたら……それはもう、小説なのだから〉という、印象的な声は、やってきている。

 『子供たち怒る怒る怒る』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書(06年)
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Excerpt: 第20回三島由紀夫賞と山本周五郎賞が以下の通り決まりました。 <三島由紀夫賞> 佐藤友哉さんの「1000の小説とバックベアード」   <山本周五郎賞> 恩田陸さんの「中庭の出来事」と ..
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