ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年11月07日
 not simple

 ときに、ある作品に触れたことで、それまでその作者に持っていたイメージが一変する、という経験をすることがあり、オノ・ナツメの『not simple』を読んださい、僕に訪れた感動は、まさにそういった類のものに近しい。こんなにも直截的にヘヴィなものが描ける人だったのか。と、胸を打たれ、最初のページにまで戻り、それから執拗に何度も繰り返し、作中を生きる人びとのエモーションを、深く噛みしめた。おそらく多くの人と同じように、僕もまた遅れてきた読み手であるため、ここ最近のには間に合っても、『not simple』に関しては、この〈未収録分172Pを加え完全版として復刊〉と帯にあるものしか知らないのだけれども、いや、これは、こういうかたちでちゃんと復刊されてしかるべきマンガであり、それを手にすることができ、ほんとうによかった。物語は、イアンという数奇な運命を辿った青年の、その一生がどのようなものであったのか、を巡るようにしてつくられている。やがてイアンと出会う小説家が〈お前の人生はすごい。今時こんな映画もない、これだけの話がつまった映画だと逆にウソっぽく見える〉と言うとおり、幼年期あるいは生まれたときより、その生涯は、一般的なそれからはひどく縁遠いものであった。が、しかし、その波乱に満ちていることが、作品の主題ではないように思う。では、何がどうなのか。じつはそれを一言で述べることの難しい点こそが、最大の魅力となっている。大筋をさらに簡略化すれば、ひとりの人間が、とにかく失い続け、損なわれ続ける過程でしかない。要するに、空(から)に達するまでの話であるから、当然、寂しい内容なのだが、読後に、不思議と気分を落ち込ませない。いや悲劇的であることは悲劇的だとしても、その悲しみは同時にやさしみに溢れている。そのことはもちろん、プロローグとエピローグの果たす役割、構成上の効果に負うところが多いのだけれども、それだけではなく、つねにゼロに近しい登場人物たちの視線が、できうるかぎりゼロ以上のものを見つめていることから現れている、といえる。人は死ぬとき誰しもがひとりであり、孤独とは、ふつう、悲惨と等しく受けとられる。ただ束の間の幸福がそれを忘れさせることがあり、束の間の幸福を永く覚えていることが人を生かすこともある。あるいは殺すことも。絵柄はというと、デフォルメ的であるが、描かれているのは、そのような、血の通うリアリズムに他ならない。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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