ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2012年04月17日
 ARISA(10) (講談社コミックスなかよし)

 本人の与り知らぬ運命を限定条件下のゲーム=サヴァイヴァルに喩えるかのようなフィクションのブームも一段落しつつあるか。ここ数年で人気作が次々と完結を迎えている。安藤なつみの『ARISA』もいよいよ佳境に入った。2-Bのクラスを影で支配する「王様」の正体がついに明かされ、幾多の不幸を生んだ「王様ゲーム」の起源がこの10巻でとうとう語られることになったのだった。

 まあ10巻から読みはじめる向きはないと見越しているのだろう。コミックスのカヴァー(裏表紙)に記載された紹介文がネタを割りすぎているような気もするので、そこまでナーヴァースになる必要はないのかもしれないけれど、一応はミステリ的なパートを持ったマンガであるため、なるたけストーリーの核心には触れないようにしながら話を進めたい。

 この手のジャンルにおいて、最も善良そうな(あるいは最も無害に思われる)人物が実は黒幕だった、という展開は一種の鉄則だと考えてよい。それがパターンである以上は「王様」の正体にさほどの驚きはないのだが、しかし『ARISA』の場合、「王様」が自ら露わにしていく悪意とヒロインであるつばさに託された理念との対照にサスペンスの特徴がよく出ているのであって、両者のお互いを否定せずにはおれない関係が何より直接になったことは、なかなかにスリリングだ。

 10巻で着目しておきたいのは、「王様」の正体に翻弄され、一旦敗北したかのようなつばさが、とある人物に対する別のとある人物の態度を目の当たりにし、再び妹のありさと向き合っていこうとする、その身振りである。「王様」のいかなる計略がつばさの心を折りかけたか。そしてそれがつばさのどういう言葉と表情によって示されているのかを見られたい。

 つばさは「王様」にこう言われただろう。〈でも キミだってそうとうこわい人だよ(略)人のものをうばう 最低な人間だよね〉と。この指摘は必ずしもブラフではない。実際につばさの後ろめたさを暴いているからこそ、彼女に〈なにがドキドキするだよ バカじゃねーの〉〈あたしが悪いんだ ありさを助けることだけ思ってなきゃいけなかったのに〉と後悔させるほどの効果を上げているのである。

 振り返るのであれば、『ARISA』とは、利己的な子供たちのゲーム=サヴァイヴァルに途中参加した主人公が、限定条件下でそのルールを正面から否定するという物語であった。ヤンキイッシュな少女として設定されたヒロインのつばさは、つまり利己的な世界のなかでどれだけ利他的な態度を貫き通せるかを測りうるリトマス試験紙にほかならなかったのである。しかし、先の「王様」にもたらされたつばさの挫折は、彼女もまた利己的な子供にすぎなかったことの告白を伴っている。

 同時に、本作の極めてエモーショナルなポイント(そしてそれが『なかよし』という掲載誌本来の若い読み手に誠実だと思われる理由)は、反省が失敗を乗り越えさせることもあるのだというポジティヴな解釈を決して手放してはいないところなのだった。ここで、かつて散々苦しめられた玖堂の意外な素顔が、結果的につばさの窮地を救っている。その点を看過してはならないだろう。

 玖堂もつばさと同様にゲーム=サヴァイヴァルに途中参加してきた者である。では、なぜ外部の人間であるはずの彼がゲーム=サヴァイヴァルのプレイヤーにならなければならなかったのか。動機は一体何なのか。それもこの10巻の大きなハイライトとなっている。とある人物への献身ゆえに玖堂は進んで自分を犠牲にしていったのだ。

 つばさと玖堂は、手段や目的は異なれど、いや、もしかしたら目的の本質は異なっていないかもしれないのかもしれないけれど、利己的であることに反対の立場に立っているという部分で実は一致している。あれだけ憎らしかった玖堂が、その動機を知った途端、とてもせつない存在に変わってしまうのは、他の誰かとの繋がりが孤独を忘れさせるのに十分な希望になることを証明しているからである。

 ああ、玖堂、玖堂よお。〈ボクの生きる支えだ… 裏切られたってうらんだりするわけない〉と言い、〈こんな ボクに「いてくれてありがとう」っていってくれたんだ ボクに 一番ほしかった言葉をくれた… そのとき決めたんだ この命をこの娘(こ)のために使おうって この娘(こ)を守るためなら 悪魔にもなるんだって――…〉と言う彼の願いは確かに暗いものではあるものの、疑いなきひたむきさにはどうしたって胸を打たれてしまう。

 描写の上でというより、読み手の感想のレベルでは、玖堂のひたむきさを代わりに引き受けることでつばさは当初のモチベーションを回復しているように思われる。あるいはそうしたプロセスを経て、つばさは利他的であろうとする態度を取り戻し、再び妹のありさをめぐる闘争に身を乗り出すことができているように思われるのである。

 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 2巻について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2012)
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