ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年03月27日
 松本次郎短編集 ゆれつづける

 松本次郎のマンガには、日常がけっして正常を意味するわけではない、そういう風景が描かれているように思える。登場人物のほとんどは、さながら狂人のようであるが、まあ、人間なんて一皮剥けばそんなもんだよね、ということである。すなわち、皆がみなタイトロープ・ウォーカーとして生きているのだが、過剰にシリアスなわけでもなく、かといってユーモア過ぎることもない、ネジの緩んだキャラクターであったとしても、ふつうに日常に融け込んでいる、その淡々とした様に、松本の才気が現れている。はじめての短編集であるこの本もまた、従来の作品どおり、混沌とセックスに満たされているけれども、いっけん異常な人間などいないような、あるいは、すべての人間が異常であるような、異様な調和を軸として成り立っているのであった。ぜんぶで7編収められているが、とくに秀逸なのは、「サンポーラとクレゾーラ」、「ハードボイルド坂田」のふたつではないか、という気がする。それぞれ「あとがき」のなかで作者が、いちばん気に入っている作品と、好みではない作品として、コメントしているものである。「サンポーラとクレゾーラ」は、明言されていないが、おそらくはサンポーラとクレゾーラという名前の、奇妙なガスマスクを被った幼い兄妹が夢それ自体を夢想する一方で、借金のためにアダルト・ヴィデオに出演する女性が最終的には豚に犯され、悲惨な目に遭うという話である。これはもちろん、子供と大人の対比になっているのだが、しかし、現実の過酷さの前で両者は平等なのに違いない。大空襲を花火に喩えたラスト・カットが、すばらしく美しい。「ハードボイルド坂田」は、一風変わったホーム・コメディである。狙撃のために娼婦の部屋に入り込んだスナイパーが、自分でも気づかぬうちに掛け替えのない家族を成していたというもので、この作者にしては、珍しく、良い話(ハッピー・エンド)だといえる。どちらの作品にも、共通して、まるで戦時下であるようなシーンが登場する。現在『IKKI』誌上で連載されている『フリージア』にも通じるモチーフだ。僕は、これは、90年代にリアルタイムで湾岸戦争をブラウン管越しに眺めたことがひとつ起因となっているのでは、と推測しているのだけれども、さて、ほんとうのところはどうなのだろう。気にかけている。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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