ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2012年03月15日
 月と太陽のピース(1) (講談社コミックス別冊フレンド)

 前作『白のエデン』と前々作『彼はトモダチ』でドロドロとしたテイストのメロドラマを描いてきた吉岡李々子の新作『月と太陽のピース』は、この1巻を読む限り、現代的で爽やかな、と言ってもいいような青春像が繰り広げられている。要するに(とりあえずはまだ)悲劇的な展開が見当たらないのだったが、それというのはおそらくヒロインの快活で明るい性格によるところが大きいと思う。

 悲劇的な展開は見当たらないと述べたけれど、実際のストーリーは彼女と恋人との別れの予感を出だしにしているのだった。が、しかしそこから暗い心情のアピールへ作品は流れていかない。散々な目に落ち込むヒロインの姿を描写の中心に置いてはいない。確かに彼女はせつない表情を浮かべざるをえない状況を前にしているものの、いや、それ以上の笑顔が『月と太陽のピース』というマンガにアップ・テンポなムードをもたらしているのである。

 誕生日であった。世間がクリスマスに浮かれるなか、主人公である槻ノ木沢実々のもとには一番大切な人からの連絡だけがこない。結局、アルバイトをし、その足でクラスメイトのパーティに顔を出すのを良しとしたい。災難なのは、途中の電車で痴漢に遭ったことだろう。自分と同世代の男子をとっつかまえた彼女だが、それは誤解だと、しまいにはその男子の友人も一緒になってシラを切られてしまう。そして16歳になった。次の年の春である。2年に進級し、新しいクラスに移った実々は、まさかクリスマスに出会った斎藤壱紀と斎藤誉の二人に再び対面する。

 こうして、彼女と彼らのあいだで高校生活をベースにした三角関係が繰り広げられていくわけだ。と、予想できる範囲で『月と太陽のピース』のアウトラインは述べられる。もちろん、W斎藤は、校内でも知られたイケメンさんであり、対照的な性格をしているという設定を含めて、ある種のセオリーがしっかり押さえられているのは手堅いし、またネガティヴなパートを極力省いた結果、内面のハンサムな人物が多数を占めるのは今日のトレンドを踏まえているといえる。

 ただし、それらはあくまでもフックをどう作るかというレベルの話であって、壊れそうな線の絵柄と同質のデリカシーが作中人物のコミュニケーションを成立させている点に、こちらの心は動かされる。そしてその、デリケートなコミュニケーションは必ずしも作中人物たちをストレートに結びつけはしない。このような屈託に作者の本質がとてもよく出ているのだった。

 自分へ向けられたやさしさに対して素直になるべきなのになれない。それは誰しもが少なからず経験したことのある局面に相違ない。先にいった通り、ヒロインの実々は快活で明るい性格だが、壱紀と誉のささやかな気遣いに触れ、嬉しく思いながらも、感謝の言葉をなかなか表すことができない。一方でそれはタイミングの問題である。たとえば彼女が感謝を伝えようとしたとき(p119)タイミングに邪魔をされる。しかし他方でそれはシチュエーションの問題である。たとえば彼女が伝えようとした感謝は(p156)シチュエーションによって裏返しにされてしまう。

 序盤に(p41)実々が素直に感謝の言葉を表しているシーンがある。以上の二箇所とそれを比べられたい。そこからは彼女の、わずかだとしても、明らかに意識の変化が見て取れるだろう。そういう、少しずつ他人との距離を狭めていくことが、どうしてか気持ちに窪みを与える。窪みに躓かされる。躓くことの歯痒さが、『月と太陽のピース』にピュアラブルでいてエモーショナルなきらめきを落としている。

・その他吉岡李々子に関する文章
 『白のエデン』
  2巻について→こちら  
  1巻について→こちら
 『彼はトモダチ』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1巻について→こちら

 『99%カカオ』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2012)
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