ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2012年03月13日
 Story Power (ストーリーパワー) 2012 2012年 04月号 [雑誌]

 『「新潮」4月号別冊 Story Power 2012』掲載。その『Story Power 2012』の表紙には「元気の出るお話、売ります」とあるが、しかしこの佐藤友哉の『ベッドサイド・マーダーケース』を読んだからといってたちまち「元気」が出るかどうか。いくらか疑問が残るのは、一般的に「ポジティヴ」だというふうに判断されるのとは反対の力学によって小説が編まれているためであり、まあ決して「ハッピー」な物語じゃねえんだとは思うのだけれど、たとえば判断停止と同様の空元気を他人に強いることが一種の暴力でありうるとすれば、それを向こうに回すのに十分な抗弁となっている。この意味で、いや確かに「元気」が出てくる面を持ってはいるのだった。

 薄暗い寝室で主人公の〈僕〉が目を覚ますとベッドの隣で妻が死んでいる。包丁で首を刺され、枕を血で濡らし、死んでいる。玄関のドアには鍵がかかっている。一体誰が妻を殺したのか。たぶん世間は自分を犯人として見るだろう。状況を理解し難い〈僕〉は、ポストに一枚のメモ用紙を見つけるが、途方に暮れ、それをポケットにつっこんだまま、マンションの外へ逃げ出すのだった。そして一人の男と出会う。六条と名乗るその男は自分も同じ目に遭ったと言う。さらに驚くべきことに、似たような殺人事件は過去三十年の間に四十件以上も起こっていて、犯人はまだ捕まっていない。

 以上が発端で、〈僕〉は六条とともに自分の妻を殺した真犯人を独力で探し出すことになるというのが、『ベッドサイド・マーダーケース』のあらましなのだが、なるたけネタを割らずにいうと、ミステリともとれるスタイルの小説は、終盤に差し掛かり、奇妙な変形を遂げていく。日用品から具体的な名称が斥けられているのは、そのヒントであろう。自然災害と放射性物質の恐怖が、忘却という名のもと、隠蔽された世界像が浮かび上がってくるのである。

 佐藤は『群像』4月号掲載の「命短し恋せよ原発」で、太宰治の『十二月八日』を取り上げながら、そこで十二月八日を〈ジョン・レノンの命日でもあり〉〈高速増殖原型炉もんじゅが事故を起こした日でもある〉とし〈日本が宣戦布告した日〉でもあるとしながら、同時にそれが〈浦賀和宏さんの誕生日でもあ〉ることをわざわざ触れているが、『ベッドサイド・マーダーケース』は、良い意味で浦賀和宏ライクな荒唐無稽さ、残酷さ、身も蓋もなさ、つまりは佐藤友哉という作家の、根の部分をよく覗かせていると思う。

 また「命短し恋せよ原発」に書かれた問題意識を明らかに共有しているのが、『ベッドサイド・マーダーケース』(と『新潮』2月号に掲載された『今まで通り』)だといえるのであって、『ベッドサイド・マーダーケース』における感情の矛先を失った結末を考える際、次のような一節は大いに参照されるべき言いを含んでいる。2011年3月11日の大地震とそれにともなう原発事故を経た結果、〈やれやれ、観測者であったはずの僕たちが「シュレディンガーの猫」になってどうする〉〈もちろん、「シュレディンガーの猫」になったのは僕たちだけではない〉〈この国に住むすべての人間がそうだ〉〈たとえば、ついさっき生まれたばかりの赤ちゃんさえも〉

 そう、『ベッドサイド・マーダーケース』で、とある人物に真相を告げられた〈僕〉の反応と行動は、正しく「シュレディンガーの猫」が生きているかもしれない(もしもそれを希望と呼ぶのであれば)希望と死んでいるかもしれない(もしもそれを絶望と呼べるのであれば)絶望とを想起させる。

・その他佐藤友哉に関する文章
 『今まで通り』について→こちら
 『333のテッペン』について→こちら
 『世界の終わりの終わり』について→こちら
 『1000の小説とバックベアード』について→こちら
 『子供たち怒る怒る怒る』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(2012)
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