ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年10月17日
 月光・暮坂 小島信夫後期作品集

 保坂和志『小説の誕生』の「あとがき」のなかに〈小島さんが六月に脳梗塞で倒れた。病状はひじょうに悪く、意識がもどる可能性はまずないと言われている〉と書かれているのを読んだとき、ぎょっとしてしまった。そうした、作家をめぐる現在と、このたび『月光・暮坂』が講談社文芸文庫から出たことの背景というは、たぶん山崎勉が解説に書いてあるとおりで、直截の繋がりがないのだろうけれども、これが「小島信夫後期作品集」としてまとめられている、その「後期」といった表記の部分が、なんだか、ぐっと重たく感じられるのはたしかだ。山崎の解説によれば〈後期作品集」と銘打たれているものの、九七年以降現在までの、いわば最晩年期の作品は含まれていない〉にもかかわらず、である。しかしそれにしても、小島信夫の小説というのは、とてもへんてこで、とてもとてもおもしろいなあ。『文藝』冬号の、高橋源一郎と保坂和志の対談で、ふたりがいっているのはたぶん、自分たちもこういう、小島みたいな書き方をしたい、というようなことだろう。たとえば、この文庫の最初に収められている「返信」という短篇、その出だしには、内田魯庵が「漱石の万年筆」という文章のなかで、夏目漱石の「よさ」についてうまいことを言っている、というふうに綴られている、と、たいてい魯庵がどのようにうまく書いていたか説明されるほうへと流れてゆく、か、すくなくとも読み手はそれを頭のどこかで期待してしまうわけだけれど、小島のばあい、そうはなってくれない。で、〈その「よさ」について魯庵は、実にうまい言い方をしていたが、これも忘れた〉となる。なってしまう。ふつう、こう書かれると、えー、と思わざるをえないし、そのあとに〈私が「漱石の万年筆」のことを紹介したのは、ほんとうは、漱石の「硝子戸の中」のことを書くための枕にしようとしてのことである。魯庵があげた作品の中に「硝子戸の中」はなかったような気がするが〉と書かれていれば、さらに、ええー言及する意味ないじゃん、といったところであるし、そこから〈……なかったような気がするが、「硝子戸」のために、私は何かを必要としたものだから、何となく魯庵のたすけを借りたのであった〉と続くのだから、そうか、漱石の「硝子戸の中」についていいたかったんだね、と思い、文章を追っていくと、「硝子戸の中」の存在は、主題を象徴したり代替したり示唆していたりするものではなくて、ただ一個の小道具にしか過ぎないことが、わかる。そうやって「返信」という小説は進んでゆく。だが、そういう在り方に関して、けっして不満だとは覚えないところに、小島の、作品のおもしろみはあるように思う。どういうことか。読み手の側からすれば、接点の小さく見える、とりとめもない事柄が連続することで、まるで書き手の意識が、今まさに、小説の内部で、生成されているかのように実感されてくる。今まさに、というのは、その小説が書かれた時点ではなくて、ここでこうして読まれているこのときに、為されているということで、だから、それはいっけん、書いている当人に限定された情報だけでつくられたふうであるにもかかわらず、書き手のなかだけで、あるいは小説のなかだけで、完結していない。読んでいる人間が、おもしろがれるのである。

 『残光』について→こちら
 『殉教・微笑』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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