ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年03月21日
 新本格魔法少女 りすか2

 基本的には、西尾維新は支持というスタンスなのだけれども、これはすこし微妙、というか、なんだか自己模倣っぽいよなあ、という印象を免れないのだった。これまでの西尾作品の反復に過ぎないのではないか、引き出しはぜんぶ開かれてしまったのだろうか、と。や、前巻はとてもおもしろく感じられたのだ。が、この巻については、やや淡泊な反応をせざるをえない。その原因は、おもに第六話目「出征!」(ここに収められているのは第四話から第六話までである、つまり、この巻の最終話)にある。そこでは、西尾の作品には珍しく、父親という存在が登場する。主人公である供犠創貴=「ぼく」と、その父親とのやりとりは、たしかに親子の対話としては、どこか殺伐としているが、しかし、よくよく読めばわかるように、父権はちゃんと発動しており、そのような制度との無関係さにおいて、これまでの創貴は、小学生でありながらも際だって自意識の強いキャラクターとして生きることが可能であったわけだが、そのパターンが、ここにきて倒壊してしまっている。また、ラストに近い場面で、トランプを用いた勝負が行われるのだけれども、その魅せる展開は、同じ作者による『ダブルダウン勘繰郎』のクライマックスを彷彿とさせる、がゆえに、どうしても比較せざるをえないのだが、「出征!」における父親に試されるという顛末は、『ダブルダウン勘繰郎』で達成された、何者にも従属しない完全な個を主張する、そういうダイナミズムに及んでいない。もちろん、抱えるテーマのようなものは別物であるのだろうから、その点だけをもって、あれこれ言うのはフェアじゃないかもしれないが、エンターテイメントとしての弱さが、この作品を、ありふれた物語の枠組へと着地させてしまっている。ただ、続き(次巻以降)があるのであれば、その話の進み具合によると、こうした不満は、もちろん解消される可能性もある。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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