ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年09月20日
 月刊 COMIC (コミック) リュウ 2006年 11月号 [雑誌]

 1世代か2世代前、あるいは90年代の青年誌におけるオタク層向けのマンガ家を、一並び集めてみたといった感じがしないでもない『月刊COMICリュウ』の創刊号であるが、そのなかにあってもっとも自覚的だと思える作品は、五十嵐浩一の『REVIVE!―壮年は荒野を目指す!―』になるのではないだろうか。大学卒業を機に〈小学校から集め続けていた漫画やアニメのグッズをすべて灰にし〉てから、社会人として自立し〈日々の生活に追われて二十年〉〈気がつけば今や中学生の娘を持つだたのリーマン親父〉となった主人公であったが、高校時代に夢中であったヒロインのフィギュアを、たまたま模型店で見つけたことをきっかけに、ふたたびオタクとしての資質を再燃させてゆく、そこに娘との確執(ディスコミュニケーション)が絡んでくる、というのが、おおよその筋である。サヴァイヴではなくてリヴァイヴ、少年や青年ではなくて壮年が荒野を目指す、その題名に内容のほとんどは集約されているといってもいい。たとえば、主人公の立場が、かつて暴走族だったとかロック・バンドをやっていたとかであったなら、よくあるフィクションのパターンであるけれども、その青春期の指向性が、オタク的なサブ・カルチャーに置き換えられているのだとしたら、こういったマンガの登場は、それこそ今日においてアニメやマンガ等の文化が、いかにこの国の中枢に食い込んできたか、という現実が可能としたものに違いない。言い換えると、70年代から80年代にかけて影響力の強かったサブ・カルチャーを生きた人々が、モラトリアムの終わったあとで、どのように歩んでゆくか。そうした表現は、すでにある程度は定型化されている。同様の水準で、80年代後半から90年代以降の、サブ・カルチャーにおけるアフター・モラトリアムが、ここに描かれているのである。たとえば久々に秋葉原に訪れた主人公が、その風俗の変容に漏らす以下のような言葉〈学生時代に来て以来なんだが…ずいぶん変わったな〉に対し、一緒にいた若い部下は〈そうなんですか? オレたち初めて来た時からずっとこうでしたけど 昔はもっとマトモだったんスか?〉と尋ね返すのだが、それに〈いやまあ別の意味で変だったがね(電波くんワールド)〉と答えるあたりが、この作品におけるリアリティであろう。ところで、主人公が自分の蒐集物を燃やすのは、平成元年(1989年)の3月であり、同年の夏に宮崎勤が逮捕されたことを考えれば、ちょうどオタク的な傾向への風当たりがもっとも強かった時代に、彼自身はもはやそうではなかったため、その後に人並みの人生を送りえてきた、というふうに読むこともできる。

 『めいわく荘の人々』復刻版 第1巻 第2巻について→こちら
 『迷惑の人』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | マンガ(06年)
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