ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年09月08日
 『群像』10月号「創刊六十周年記念短篇特集」のうちのひとつ。『ヒーローの死』は、伊井直行らしい、現実からすこしばかりずれた状況下で生々しい感触の保たれる、独特な空気を持った小説である。あるとき偶然、不思議な能力を授かったばかりに、誰にも知られることなく、自殺者の救助にあたる中年男性の上田が、その疲弊と矛盾のために、家庭や仕事、挙げ句の果てには、彼自身の命さえ損なってしまう、と、要約すれば、そのような内容であると思う。短いがゆえに、様々な解釈が成り立ちうる作品だけれども、マントを羽織り月明かりのなかを飛行する上田が、自らが自らに課した任務を〈自分がTVや漫画のヒーローではない何かに似ているのじゃないか〉と考え、そうだ、〈テロ事件を起こしたカルト教団が作ったアニメーションの中で、教祖が浮遊している場面に似ているのだ〉と思ったとたん、〈飛行の姿勢がくずれ、地面に向かって一直線に落下し始めた〉といった場面に、小説の重心が支えられているように感じられる。そこに描かれているのは、簡単にいうと、主観的な正しさが、客観的な醜悪さに、侵され、失効される瞬間であろう。しかし、それでも人は、たとえでっちあげだとしても、せめて自分の内部で、何か、納得のいく倫理を設けなければ、生きてはいけない。だから〈上田は以降、あの教祖のことは考えないことにした〉のだが、はたして、それは単なる判断停止なのか、あるいは思考としてまったく正常なのだろうか、結論が宙づりのまま閉じられることで、ここに捉まえられた奇妙な夢のような出来事は、読み手の目の前で現実と変わるのである。

 『青猫家族輾転録』については→こちら 
 「ヌード・マン・ウォーキング」について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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