ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年09月03日
 ボトルネック

 〈兄が死んだと聞いたとき、ぼくは恋したひとを弔っていた〉。彼女の亡くなった海崖で。吹く風のなかに聞こえる声があった。その声に誘われるかのようにして〈ぼく〉は、落ちる。もうひとつの世界へと、おちる。米澤穂信『ボトルネック』には、SF(すこし・ふしぎ)ふうの趣向が凝らされているけれども、この作者ならではの、わざわざ大人の介入してこない物語で、子どもたちが半径5メートル圏内のリアリティとシリアスに対面する、といったスタイルは健在であり、青春というものを、その輝きではなくて、傷みのほうで捉まえたライト・ヘヴィ・ノベルとしては、かなり効果的な内容になっていると思うのだが、そうしたつくり自体が、いささか明け透けであるような気がし、僕は、あまりのれなかった。明け透けというのはどういうことかといえば、伝えるのが難しいのだが、要するに、作者が主人公に何を感じさせたいのか、またはそれを通じて読み手に何を感じさせたいのかだけで、筋が進んでいくような感じがする、というわけである。そのため『ボトルネック』という表題と作品の主題は不可分となり、読み手は半ば強制的に、作中における「ボトルネック」の意味合いを考えさせられることとなる。そのことを、すこし、窮屈に思う。また一方で、これは、代替(オルタナティヴ)の可能性と不可能性をめぐる物語だともとれる。が、しかし、それもまた、主人公のエモーションを物事の不可逆であることに依存させる仕掛けでしかなく、結果『ボトルネック』という表題を強調する以上のものとなっていかない。

 『夏期限定トロピカルパフェ事件』について→こちら
 『犬はどこだ』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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