ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年10月09日
 囚人リク 3 (少年チャンピオン・コミックス)

 とどのつまり、このマンガの根源に働いているのは、タイマン張ったらダチ、的なロジックなのだと思う。瀬口忍の『囚人リク』である。頽廃的な近未来、警官殺しの濡れ衣を着させられた少年リクが、救いの断たれた監獄に閉じ込められ、その厳しい状況下でも挫けず、いかに希望を紡いでいくかが作品の主題であろう。現在、掲載誌の扉やコミックスのカヴァーに「最凶刑務所脱獄記」とある通り、ストーリーの最終目標はほとんど明かされているといっていい。要するに、そこへ向かうプロセスに盛り込まれたドラマや、あるいはスペクタクルに、大部分の魅力は預けられているわけだ。主人公のリクはきわめて非力な人物として描かれている。無論、少年期特有の純粋さ、イノセンスが、彼にとって何よりの武器であって、実際にそれが周囲の敵を倒し、または感化し、次第に味方を増やすほどの活躍を見せるのだった。が、このとき、フィクションならではの展開は、正しく先述したように、タイマン張ったらダチ、的なロジックにおいて実現されている。しかしながら、たとえば同じく刑務所で死闘を繰り広げる『デッドマン・ワンダーランド』(片岡人生・近藤一馬)の主人公とは違い、『囚人リク』の場合、主人公には特別な出自や特殊なポテンシャルは与えられていない。とにもかくにも、己の正義感一つで他と渡り合っていかなければならないのである。かくして、悪漢たちとの対決はハードな我慢大会の様相を呈していくだろう。そのことは、リクが属する第27木工場と無慈悲なリーダー椿が率いた第16木工場との抗争を描いた3巻の内容に、とりわけ顕著だといえる。ボクサーのごとく鍛えられた椿に一対一の勝負を挑んだはいいが、リクにとれる行動はあまりにも限られているどころか、ゼロに等しい。逆転の奇跡が訪れるのを信じて、椿の猛攻に耐えるよりほかないのだった。考え方次第では、残酷なゲームにしかならない。だが、どんなときだって心の隅にとどめておかなければいけない。褒め称えられるべきは、やっぱりガッツなんだよな。リクの純粋さ、イノセンス、そして正義感が、なぜ今までの窮地をくぐり抜けるのに値したのか。それはどれだけの不条理を前にしても決して膝を折らなかったからだ。絶対に信念を曲げなかったからなのだ。ひとまずであれ、その観点によるかぎり、強い弱いの評価は無効となる。なけなしにも思われるリクのファイティング・ポーズは、〈弱ぇから引き下がっちまえって… 弱ぇから殴られっぱなしでもしょうがねぇって… 俺ぁそんなのが当たり前とか認められねえんだ〉という彼自身の言葉を、比喩のようにちょうど、証明する手立てとなりうるのである。痛くて苦しかろうが、でたらめには屈したくない、と言わんばかりのアティテュードは、曲者であるはずの野郎どもが非力な小僧にどうしてか圧倒されてしまうことの十分な理由になっている。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2011)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック