ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年08月28日
 砂時計 10 (10)

 あーあ、また泣かされたぞ。本編自体は、8巻の時点ですでに完結している芦原妃名子のマンガ『砂時計』の、番外編に位置するのが9巻と10巻になるわけなのだけれども、前巻が、まさしくサイド・ストーリー集の趣であったならば、この最終巻に収められた「time letter」は、杏と大悟の主人公ふたりの後日談といった体になっており、事実上の最終エピソードにあたるといえる。吉田秋生の『BANANA FISH』に喩えると、「光の庭」に相当するような感じといえば、まあ多少のイメージは掴めるだろうか。小学校の教師となった大悟が、タイムカプセルを掘り起こすための同窓会で、当時の担任であり、もっとも影響を与えられた恩師である幸田と再会する。すっかりと年老いた幸田に、しかし、かつてと同じような人格者の面影を見る大悟であったが、破綻した結婚生活を隠しながら生活する彼女のことを、近隣の人間は「嘘つき」だと非難するのだった。そうした再会の劇が、紆余曲折の末に結ばれた大悟と杏の夫婦生活に反響するようなかたちで、「time letter」の物語はつくられている一方で、大悟と幸田の対比は、いち教師として、いち個人として、生徒たちに、いち個人に、希望を教えること、伝えることの、困難と迷いの表現となっている。〈どぎゃん人間になってもかまいません〉〈優しくても利口でも 馬鹿でも阿呆でもかまわない〉〈なりたいものになれてもなれんでも どぎゃん落ちぶれてもまあいいや〉〈ただし自分を好きと言える人間に〉〈自分にだけは嘘をつかないで〉〈誤魔化さないで 信念を持って真っ直ぐに〉〈先生は〉〈君らを信じる〉。人生とは、経験をストックしてゆくものであると同時に、時間を消耗してゆくものだ。未来はつねに先にあり、前へ前へと進むことを催促し続ける。そうした営みのなかで、人は変わることもありうるし、変わらずにいることもありうる。もうすこし細かく、変わってしまう部分があるように、変わらずに残る部分だってある。なにを肯定し、なにを否定するのか、せめてその結果が、光となり、輝き、幸福に満ちてくれることを祈りながら、人は、生きる。

 8巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック