ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年08月24日
 刑事が一匹…裏金を生む英雄編 上の巻 6 (6)

 もしかすると、組織はつねに加害者であり、個人はつねに被害者であるといった構図が、つねに紋切り型でありながらも、飽きられることなく再生産され続けるのは、そこに、人々がつねに共感しうる、何かしらかの、アクチュアリティが含まれているからというよりはむしろ、そのかたちが表現の形式上、壊れにくい、強度を兼ね揃えているからなのかもしれない。きたがわ翔が『刑事(デカ)が一匹・・・』のなかで採っているのも、同型の、加害者として組織があり、被害者である個人がいて、それから両者のあいだには悲劇がある、といった線の物語だといえる。たとえばヤクザの若頭、氷室は、次のようにいう。〈組織の下っ端はいつだって無力だ……奴らに……罪はねえ〉。こうした言葉のうちからは、如実に、組織と個人のどちらが、加害者であり、そして被害者であるか、の関係性がうかがえる。とはいえ、主人公である高円寺だけは、そのような構造のなかにあって、けっして被害者面をしない。そうした一点こそが、あるいはこのフィクションにおいて、最大限のエンターテイメントとなっている。恩師である沢口を救うために、命懸けの潜入捜査を開始した高円寺に、氷室は、その素性を知らないまでも〈自分の信念のためなら平気で死ねる奴だ〉と、畏怖の念を抱くのであった。そうして高円寺、氷室、沢口、の三者が、それぞれにまっとうする純粋性の顛末を描いた「裏金を生む英雄(エース)編」のほか、この6巻には、28歳の無職青年による自分探しふうのエピソード「冬のキリギリス編」が収録されているのだが、そちらは、ひとつの幕間といった感じで、本筋のようなハードさはなく、作者従来の作風に戻っており、わざわざ、こういう刑事物に組み込む必要があったのかな、との疑問を覚える。

 5巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック